富岡市の暮らしと移住のWEBマガジン
まゆといと

2023.06.02 地域で働く

内に秘めた鉄への情熱 製缶工 矢野 茂次さん

今回ご紹介するのは、富岡市上黒岩で鉄の彫刻作品を制作している 矢野 茂次(やの しげじ)さんです。

 

私が矢野さんの作品に出会ったのは、『富岡しゃくやく園』を訪れた時のことでした。

 

 

富岡しゃくやく園

 

 

毎年5月に期間限定で営業している富岡しゃくやく園は、園内に5,000株のシャクヤクが咲き誇り、県内外から観光客が訪れる人気スポットです。(令和5年の営業は5月21日に終了しました。)

 

そんな可憐なお花畑に点在する、フシギな鉄のオブジェ。この鉄のオブジェを制作しているのが、矢野さんなのです。

 

 

1年前の記事でもチラッとご紹介しています

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富岡しゃくやく園

 

 

今年の春も半ばを過ぎた頃、富岡しゃくやく園のオープンを楽しみに待っていた私の耳に、こんな噂が入ってきました。

 

「今年は園内に矢野さんの特設展示場があるらしいよ!」

 

それはぜひこの目で確かめたい!と、今年も富岡しゃくやく園へ。

 

 

まずは、園内に点在する矢野さんの作品をご覧ください。

 

 

 

 

なんて素敵な世界でしょう。いきいきと咲く花と錆色の鉄が、お互いを引き立て合っています。

 

そして園内の奥へと進んでいくと、「WELCOME」と書かれた看板を発見。

ココが噂の、矢野茂次さんの特設展示場ですね。

 

 

 

 

展示場の中にはペンダントやバングルなどのアクセサリー、ロウソク立て、一輪挿しなどの小物から大きなオブジェまで、たくさんの作品が展示されていました。

矢野さんは富岡しゃくやく園の営業中はほぼ在廊し、 お客様とのおしゃべりを楽しんでいたようです。

 

 

ここですっかり矢野さんの作品に魅了された私は、ご自宅におじゃまして、お話を聞かせていただくことになりました。

 

 

 


 

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鉄に魅せられて50年

 

 

上黒岩のご自宅の工場

 

 

ー 普段はどのようなお仕事をされているのですか?

 

矢野さん:製缶業といって、鉄やステンレスを溶接加工して、煙突や手すり、階段、細かいパーツ部品などを作るのが仕事です。16歳から始めて、今も自宅の工場でひとりでやっています。

 

― 16歳から!どのようなきっかけで始められたのでしょうか。

 

矢野さん:中学生の頃に製缶業の仕事を間近で見る機会があって、「面白そう!やってみたい!」という気持ちになったんです。中学卒業後に訓練学校に通って基礎を学び、それから50年以上、ずーっとこの仕事をやっています。

 

ー 私は矢野さんの鉄のオブジェが大好きなんですが、創作活動はいつごろから始められたのですか?

 

矢野さん:オブジェを作り始めたのは20代後半からです。当時、私が尊敬し憧れていた安中のガラス作家・小島誠さんから「せっかく鉄の仕事をしているんだから、何か大きいものを作ってみたらどう?」とお言葉をいただいたのがきっかけで。

最初は、仕事で鉄を加工して趣味でも同じ鉄をいじるなんて、ちょっとありえないと思いました。ですが、仕事を早めに切り上げてオブジェ制作の時間を持つようになると、気分転換になってとても良かったんですよね。仕事として鉄へ向き合う気持ちとは全く違う感覚で、新鮮な気持ちで創作活動をすることができたんです。自分は芸術のことはよくわかりませんが、自由に鉄をいじることが純粋に楽しいと感じ、仕事の息抜きにもなりました。

オブジェを作るようになってからますます鉄の持つ魅力にハマって、素材の持つ力強さや錆びていく変化などが、本当に面白いと思うようになりました。

 

 

矢野茂次さん

 

 

ー 矢野さんの創作活動は趣味だけにとどまらず、作品展を開いたり、県内外の公募展などにも応募されているそうですね。最近では、今年の4月に開催された第73回モダンアート展(※)で最も栄誉のある「協会賞」を受賞されましたが、受賞を知った時のお気持ちは?

(※日本の抽象美術の代表団体であるモダンアート協会が主催する公募展。東京都美術館で毎年春に開催されている。)

 

矢野さん:正直に言うと、困りました(笑)。私なんかがもらっちゃっていいのかな?と、今でも思っています。私は芸術家を気取りたいわけではないですし、自分の名前を売りたいと思ったこともなく、ただ単純に鉄で作品を作ることが面白くてやってきたことなので…賞をもらってから自分の立ち位置がわからなくなっちゃって…。運がいいから賞が取れたのかな?って思っています。

 

 

 


 

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あるものを活用する「モノづくりの心」

 

 

主に県内の企業から発注を受けて鉄製品の加工を行っているという、矢野さんの工場。その周りには、廃材を活用した創作作品がたくさん置かれていました。

 

 

お手製のピザ窯。「何回か焼いたけど美味しくできたよ。」

 

鉄製の水槽。金魚もアートに見えませんか?

 

工場内に置かれた薪ストーブも、もちろんお手製。

 

 

ー 矢野さんは子どもの頃からモノづくりが好きだったのでしょうか?

 

矢野さん:黒岩のこの環境に生まれ育ったことが影響していると思います。私たちが子どもの頃は、野山で遊ぶことがあたりまえの毎日でしたからね。家からノコギリを持ってきて、木を切っていろんなものを作る。そんなことをしていたから、道具の使い方も自然に覚えていきました。近所で木を伐採していたら、その材木をもらってきてイスやテーブルを作ったり。何よりも自分で作ることが楽しかったんですよね。

 

ー 私はこの工場の前を通るたびに「この建物の中はどうなっているのかな?」と興味があったんですが、そんな通りすがりの方が突然訪問してくることってありませんか?

 

矢野さん:あんまりないけど…ときどきありますね(笑)。私が外で作業していると、「何をやっているところですか?」と声をかけられることもあります。見てみたいって人には工場の中を見せるけど、こんなのに興味がある人がいるのかな?って感じです。

 

ー ここにいます(笑)。矢野さんがこれからやってみたいことをお聞かせください。

 

矢野さん:もしも時間と体力とお金に余裕があれば、パブリックアートをやってみたいと思っているんですが、なかなか難しいですよね。今はまだ体が動くからなんとかなるかもしれないけど…でっかい野外彫刻を作り出すには、気力も体力も必要です。やってみたい気持ちはあるんですが、大きなことに挑戦することが恐れ多いというか、そんな考えがあって葛藤しています。

 

ー ファンとしてはぜひ挑戦してほしいです!これからも矢野さんの創作活動を楽しみにしています。

 

 

 

 


 

 

この道50年の製缶工でありながら、鉄の芸術家でもある矢野さん。

作品のイメージから「物静かな方なのかな?」と勝手な想像をしていたのですが、実際にお会いしてみると “謙虚でまっすぐな芸術家” という印象に変わりました。

 

会話のなかに何度も出てきたのは、「好きでやっているだけ」という言葉。

これからも内に秘めた鉄への情熱で、素晴らしい作品を創り出していくことでしょう。

 

まゆといとを通して繋がったご縁に感謝するとともに、人生の先輩から「好きなこと」に向き合うストーリーをお聞きできたことを、とても嬉しく思いました。

 

(マツオ)

 

 


 

 

染色アーティスト 大竹夏紀さん

陶芸家 萩原 将之(はぎわら のぶゆき)さん

木の造形作家 齊藤 公太郎(さいとう こうたろう)さん