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まゆといと

2023.10.20 移住-Iターン

【地域おこし協力隊】片山 文恵さん(妙義ビジターセンター)

今回ご紹介するのは、現在、富岡市地域おこし協力隊として妙義ビジターセンターで活動している片山文恵さん。片山さんはなんと、山伏(やまぶし)でもあるんです!

 

と言っても「山伏」をご存じでしょうか?山伏とは、野に伏し山に伏して修行を行う山岳信仰『修験道』の行者のことを言います。

 

私が「山伏」と聞いて連想したのは法螺貝。取材のお願いをする際に、法螺貝を見せてくださいとお願いしたところ、快くOKをいただきました。

 

そして取材の日。ビジターセンターを訪れた私の前に、法螺貝を抱えて出てきてくれた片山さん。とても穏やかな雰囲気の、ニコニコ笑顔が素敵な山伏さんです。

 

 

 

 

【片山 文恵(かたやま ふみえ)さんプロフィール】

岡山県倉敷市出身。大学院修了後、奈良県内で会社員として勤務の後、吉野山にてゲストハウスを運営。2018年、修験道の総本山・金峯山寺にて得度。2023年8月より富岡市地域おこし協力隊として、妙義山を中心とした観光振興や地域団体と連携したイベント開催などの活動を行う。

 

富岡市妙義ビジターセンター|しるくるとみおか

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元理系女子、ゲストハウスの女将と山伏になる。

 

 

― 地域おこし協力隊として富岡へ来る前は、どんなことをされていたのですか?

 

片山さん:理系の大学・大学院を卒業後、奈良県内で就職しました。学生の頃からゲストハウスをしたいと思っていたので、その資金を貯めようと働いていたんです。会社員3年目あたりからゲストハウスのための物件探しをはじめました。しかし、2年かけてもなかなか物件が決まらず、心が折れかけていたところに「吉野で雇われ女将としてゲストハウスの運営をしてみないか。」と話が来たんです。女将としての修行がさせてもらえる!と二つ返事で話を受けました。

 

― なぜゲストハウスをしたいと思ったのでしょうか?

 

片山さん:現代社会で生きていると、時間に追われ、仕事に追われ、人間関係や社会のしがらみにがんじがらめになって本当に疲れちゃっている人が多いなぁと思ったんです。しかも頑張っている人ほど自分が疲れていることにすら気づかず無理をして、体や心を壊してしまったりします。そんな世の中だからこそ、時間に追われることもなく、しがらみも何もない、誰もが安心していられる “社会の中の余白” みたいな場所が作りたかったんです。イメージで言ったら『おばあちゃんち』みたいな。帰ったらいつでも笑顔で迎えてくれて、そこではなんだか素直な自分でいられて、夜は安心してゆっくりと眠れる。そんな場所を作りたかった。それは人のためだけではなくて、自分のためにも。

オーナーからゲストハウスを任されると、運営のためと吉野の地域を知るために、地域の人たちと関わるようになりました。すると住み始めてすぐに、吉野は山岳信仰が根付く地域だと感じて、修験道に興味を持つようになりました。

 

 

 

 

― そこで修験道と出会うのですね。

 

片山さん:ゲストハウスの近くに修験道の総本山である金峯山寺がありました。修験道は言葉で伝える教えではなく、五感を使ってお山(自然)から教えを受け取ることに重きを置くとても古い信仰です。だから私も「まずは体感せねば!」と金峯山寺の朝のお勤めに毎朝通うことから始めました。お坊さんと挨拶を交わしていくうちに少しずつ声をかけてもらえるようになって、色々なお話を聞けるようになったんです。そこで、基本的なことですが、なぜ修行をするのかと聞いてみました。すると、「修行は自分の為じゃなく、人のためにするもの。」だと。目から鱗でした。自分の心身を鍛えるためにするものだと思ってましたから。「それとね。修行はお人のためにするものだけれども、それは巡り巡っていつか自分にも帰ってくる。だから修行はすればするほど自分も生きやすくなるんですよ。」この言葉は私の胸を強く打ちました。とても驚いたと同時に、とても素敵な生き方だなと思いました。

 

 

して修験の道に進むことを考えた片山さん。修行に入るには、「これから修行を始めます」という宣言のような “得度” という儀式を受けます。それは生まれ変わることと同義であり、修行は一生続くのだそうです。

 

 

片山さん:一生修行をするのか…と最初は迷いましたが、誰かの幸せを願って生きていくのは素敵なことだと思いました。それに、自分がゲストハウスをやりたいと思った理由と繋がるのかなと感じたんです。で、山伏になりました(笑)。

 

 

法螺貝は想像していた以上に大きくて、どっしりとしていました。

 

 

 

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修験の山「妙義山」との出会い

 

 

― ゲストハウスから修験道へと向かうきっかけは、地域との関わりからだったのですね。そんな中、なぜ富岡に来ることになったのですか?

 

片山さん:ゲストハウスに来ていたお客さんが友人となって、その友人が妙義に引っ越すことになったんです。その友人から「昔は妙義山も修験の山だった」と聞いて驚き、すぐに妙義に行きました。初めて妙義山を見た時は「かっこいい〜でも山じゃなくて岩だ〜」と思いました(笑)。

 

 

片山さんは初めて妙義山を見た時の印象が忘れられず、その後も何度か遊びに来るように。友人の友人と知り合いが増えていく中で、妙義山に惹かれるものがあったそうです。

 

 

片山さん:昔、妙義山が修験の山だった事実はほとんど記録に残っていなくて、それが少し寂しく感じました。そんな歴史を大切に残しておけたらな…と思っていたところに、妙義で観光振興活動を行う『地域おこし協力隊』の募集を目にしたんです。友人たちからの誘いもあって応募しましたが、不思議なご縁だなと思っています。

 

 

 

 

片山さん:妙義山は不思議な山です。こんな山はあまりないですね。私が今まで見てきた山と土壌なども違うので、生息する植物や石も違うし、初めて見る物ばかりで面白いです。妙義山を知るには、たぶん何年も掛かりそうですね。石のような山の成り立ちも気になるし、見る角度や日の当たり方でも山容が変わって、なんだか生きているみたいです。それに力を感じる分、ちょっと怖さも感じます。

 

 

 


 

 

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山への愛と石への愛

 

 

片山さん:学術的に言う “岩石” が好きです。初めは修行でお山を歩きながら石を見ていましたが、よく分からなくて。ですがコロナ禍でゲストハウスのお客さんが少ない時期に、時間ができたのでよく山を歩いていたんです。地衣類にも興味があって、石についている地衣類を観察しているうちに自然と石も観察していたんですね。だんだんと石の事が分かるようになってきました。

 

 

お気に入りの石の写真を見せていただきました。左:片山さんの好きな石コレクション。右:修行で訪れた大分県にある「鬼の背割り」という岩。素敵な写真ですね。

 

 

片山さん:修験道では、山で目にする虫や植物や石などを全て神仏と捉えます。石や植物生態系など全てが繋がっていて、水が湧いて、食物ができて、人間が存在していると思うと、私は手を合わせたくなるんです。それが私の修験道、山岳信仰なんです。

 

― お話を聞いていて、片山さんは妙義に来るべくして来た方なのではと思いました。 現在のビジターセンターでのお仕事はいかがですか?

 

片山さん:ビジターセンターは美術館から変わったばかりなので、登山情報もまだ充実していないと感じます。展示物ももう少し増やしたいですね。妙義登山は危険な所もあるので気軽にはお勧めできませんが、これからは本格的な登山だけでなく、紅葉を楽しむなど様々な面白さを感じてもらえるように、妙義山のことを伝えていきたいと思っています。

 

 

かわいいイラスト付きで妙義を解説する手書きのフーちゃん新聞。ビジターセンターに置いてあります。

 

 

最後に、今後について伺いました。

 

 

片山さん:やはり妙義山に近い所でゲストハウスをしたいですね。遙拝(ようはい)と言って「山に登らずに遠くから山を拝む」という参拝方法があるのですが、登山ができない方でも宿から妙義山を眺めて拝んだり、自然を大切にしたいと感じられる宿にしたいです。

 

 

法螺貝を吹いてもらいました。妙義山へ向かって吹くと反響して遠くの方まで響くそうです。吹く姿がなんともカッコイイ!!

 

 

 

 

 

 


 

 

富岡で生まれた私にとって、妙義山は物心付いた時からいつも変わりなくある、当たり前の風景でした。

ですが片山さんの山や自然に対する素敵な思いに触れ、妙義山の不思議さ、力強さを感じることができた気がします。

きっと片山さんから「妙義山の魅力を伝えたい」という気持ちが溢れ出ていたからですね。

 

奈良県の吉野という地域での関わりから、修験道という道に進んだ片山さん。今度はこの群馬県富岡市での関わりから、どんな展開になっていくのでしょうか。

これからの『片山さんと妙義山』に注目です。

 

(カネコ)

 

 


 

 

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