暑い夏から少しずつ秋めいてきましたね。
愛犬と散歩をしていると、栗の木を見つけました。
イガイガの中から見える茶色の栗に「食欲の秋」を感じるのは、私だけではないはずです。
一方、「アートの秋」を感じたい方に、オススメしたいものがあります。
現在、富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館にて開催されている、こちらの展覧会です。
『I氏コレクション展 今どきアート2023 見つめる先 −今、未来−』
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
常設展示室にて11月12日(日)まで開催中。興味深いタイトルです。
I氏のコレクションを紹介する『今どきアート』は、富岡市立美術博物館ではお馴染みの展覧会。これまでに様々なテーマで開催されています。
今回のテーマは…
私たち現代人が見つめる今と未来をテーマとし、「今・ここ」あるいは「未来」を示唆する作品と、幸せな未来を願い、災害や流行病から身を守るために広まった縁起物や、祈りの対象である仏像などをモチーフとした作品を紹介します。
今年のチラシ(左)と2015年のチラシ(右)。不思議だけれど可愛い作品に引き込まれます。
以前、知り合いから「I氏のコレクションって本当に素敵なの。富岡にこんなコレクターがいるなんてね。」という話を聞いた事がありました。
毎回ポスターに載るコレクションの写真はどれも個性的。そんな作品を集めている “I氏” ってどんな方なのだろう?と知りたくなり、思い切ってご本人にお会いしてきました。
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自称「アートオタク」I氏の正体とは…
富岡市在住のアートコレクター I氏。ご本名は、飯野 光夫(いいの みつお)さんです。
富岡市生まれの飯野さんは、高校卒業後に自動車部品製造メーカーに勤務し、現在は定年退職されています。長年会社勤めをしながら、コレクターとしてたくさんの作品を集められたそうです。
ご自身がお持ちのコレクションは、なんと約300点。そのうちの44点が美術館へ寄託されており、ご自宅には足の踏み場もないほどの作品があるのだとか。
そんな飯野さんは、いつ頃からアートに興味があったのでしょうか?
飯野さん:20代の頃は自分でも絵を描いていたんですが、難しさを感じて諦めてしまいました。 その後もアートに興味があったので、お給料をやりくりしながら絵を購入するようになったんです。最初は、安中市出身の切絵作家・関口コオさんの作品を、前橋市内の画廊から購入しました。
それからは地元作家の作品など、画廊の方が薦める作品を購入していた飯野さんですが、中には自分の好みと違うと感じる事もあったそうです。
そんな中、新しい技法で描く若手作家の作品に出会ったことをきっかけに、自分が「欲しい」と思う作品を購入するようになり、コレクションが増えていったといいます。
飯野さん:その当時はコレクションすることを家族から反対されていて、徐々に増えていく作品を前橋の画廊に置いていました。すると、画廊の方からコレクション展をしないかと提案されたんです。家族や周りの人にコレクションの事を話していなかったので、自分であることがバレないように『I氏コレクション』としました。
I氏コレクションの始まりは、周囲にバレないように始めた、飯野さんの「密かな楽しみ」だったんですね。
コレクション展は回を重ね、毎回見に来ていた高崎市美術館の職員さんの声がけで、高崎市美術館でも個展が始まりました。
その後、県内の美術館で個展を開く機会が増え、さらには多くの作品を寄贈、寄託されています。
過去のチラシから。個性豊かな作品がたくさん登場しています。
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好きな作家との出会い〜コレクションへの想い
好きなアーティストについて伺いました。
飯野さん:高崎市出身の町田久美さんです。町田さんの作品は従来の日本画と違う要素を含んでいて、新しい作品だと感じました。町田さんは細い線を何度も重ねて描いています。細い筆を使って何度も何度も描いていくのは、相当な労力が必要だと思いますよ。そんな絵を見た瞬間に、好きな作品だと感じました。町田さんの作品に出会わなければ、その後に若い作家の作品をコレクションすることはなかったかもしれませんね。
作品を購入するにあたってのこだわりはあるのでしょうか?
飯野さん:購入する作品は直感で選びますが、誰かの作品と似ていると感じるものではなくて、今までに見た事のない新しい作品に惹かれます。もう長くアート作品を見てきたので、多少見る目はあると思っています。
控えめにお話しされる飯野さんですが、過去に飯野さんが作品を選んだ若手作家の中には、今では有名作家になった方もいらっしゃるそうです。
飯野さん:自分が好きで集めた作品を、たくさんの人に見てもらいたいと思っています。今までにない作品を描く若手作家を自分で見つけて、紹介するのも楽しいんです。そして、時代が進む中で次々に出てくる、新しい技法を使ったアートも知ってほしいんです。私自身も新しい作家、作品、感覚を探していきたいと思っています。
大村雪乃《Beautiful midnight-Yokohama》2013年(文房具丸シール・アクリル・パネル)
↑ こちらは、文房具として使う丸いシールを使って描かれています。ぜひ近くで見てほしい作品です。
ご自宅には足の踏み場もないほどの作品があるそうなので、「好きなものに囲まれる生活はどんな感じですか?」と伺うと、意外な答えが返ってきました。
飯野さん:自宅で作品を見ることはあまりないんですよ。欲しいと思う作品に出会ってから購入するまでが楽しくて。
購入して自宅に持ってきた作品の中には、梱包されたまま保管されているものもあるそうです。なんだかもったいないと思ってしまいますが、新しいものに出会った時に喜びを感じるのでしょうね…。
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今後のコレクションについて
飯野さん:今は退職してしまったので、以前のように購入できないのが残念なところです。でも好きな作品に出会ってしまったら…考えます。
取材前にI氏について、“たくさんの現代アートをコレクションし、その目利きは県内外に知られる存在” だと聞いていた私。きっと「眼光鋭く、豪快な方」と勝手に想像していましたが、実際にお会いした飯野さんはとても物静かな方でした。
お話しされる時もゆっくりと穏やかで、アートに対する思いを真剣な面持ちで語られたり、また、ユーモアある一面も知ることができました。
富岡市美術博物館では、9月23日(土)に飯野さんのギャラリートークが開催されます。当日は、作品を購入する際のエピソードなどをお話しされるそうです。
「あまり脱線しないようにしないとね」とニコリとする飯野さん。I氏トークが広がる予感です。
「脱線したら軌道修正しますから」と担当の方から。楽しいお話になりそうです。
〈I氏によるギャラリートーク〉
日時:9月23日(土曜日・祝日)14時~
場所:富岡市立美術博物館 常設展示室
費用・申込:不要(ただし観覧券が必要となります)
展示室にはゆっくりとした時間が流れているようでした。
アートは難しいものだと思っていた私にとって、静かな美術館で作品と向き合う時間は、とても新鮮なものでした。
どの作品も全く違うテイストで、驚きや楽しさを感じられ、新しいアートに触れる機会がこの富岡にあることが素晴らしいと、改めて思いました。
飯野さんが好きなアートに出会った時の直感は、きっと飯野さんだけが感じ取れるものだと思います。
自分だけの直感に訴えかけるような作品に、私も出会いたい。そんな気持ちでアートを楽しめばいいんだと、気付かされました。
(カネコ)