カウンター席に座り、目の前の料理人がきびきびと食材を捌く姿を眺める。
お鍋から上がる湯気、やさしいお出汁の香り、切れ味の良さそうな包丁の輝き。
この光景すら、もはや食事のひとつ。
「五感で楽しむとはこういうことなんだ」と腑に落ちる瞬間。
その丁寧で無駄のない動きに「これからどんなお料理がでてくるのかな?」と期待がこみ上げてきます。
稀にみる食材・料理・味でお客様をおもてなししたいーーそんな願いが込められた日本料理のお店、稀家(まれや)さん。
厳格な日本料理の世界に若くして飛び込んだ堀越さんの半生を聞いてみたい。
そう思った私は、稀家の店主・堀越千晶さんにお話を伺いました。
【日本料理人 堀越千晶(ほりこしちあき)さん】
富岡市妙義町生まれ。 辻調理師専門学校で日本料理を学んだのちに、都内の割烹料理店、有名ホテルなど4店舗でおよそ10年間の料理修行を積む。富岡にUターン後、ホテルアミューズ富岡の日本料理部門に勤務。2012年に富岡市内匠に稀家をオープン。
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はじまりは玉子焼き
ー 料理の道に進まれたきっかけを教えてください。
堀越さん:子どものころからコックさんに憧れていて、食べることも大好きでした。うちは両親が共働きで忙しかったので、小学生の頃はお腹がすいたら自分で何かを作って食べる、ということが当たり前のような感じで。よく作っていたのは玉子焼きで、いろいろな具材を入れたオムレツも作りました。作ることも楽しんでいた覚えがあります。当時一緒に住んでいた祖父母が、私の料理を「おいしい」って褒めてくれたのが懐かしいですね。
その後、中高生時代も自分で食べたいものを作って食べる、というのが日常としてありました。高校生になり、周りのみんなは大学受験のムードでしたが、自分は料理の道に進むことを決めていました。
ー 料理以外で何か夢中になったものはありますか?
堀越さん:小学校、中学校、高校とサッカーを続けていました。高校の部活では上下関係が厳しかったり、顧問の先生が怖かったり(笑)で精神的にも鍛えられてタフになったと思いますね。振り返ってみると、サッカー部時代の経験がその後の料理人の修行にも役立ったと思えます。
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東京で修行を積み富岡へ
ー 日本料理というと修業や下積み時代があり「厳しい世界」というイメージがありますが、実際はいかがでしたか?
堀越さん:日本料理人が一人前と呼ばれるまでには、和食調理の五法(生・煮る・焼く・揚げる・蒸す)を覚えて、いろいろな持ち場(係)を担当しながらひと通りの料理を自分で作れるようにします。下っ端の新人の時には、誰よりも早く出勤して調理場の準備をしたり、まかないを作ったり(先輩にまずいと文句を言われたり)、料理以外にも先輩の雑用を頼まれたり。。とにかくなんでもやっていましたね。
仕事はきつくて大変だったけれど、楽しい思い出もいっぱいあります。上京したての頃は吉祥寺に住んでいて、周りが賑やかな場所だったので、よく同僚と飲みに行って遊んでいました。厳しい世界ではあったけれど、色々なお店で修業しながら技を覚えたり、親方から認められてポジションも昇格していったりと、料理の世界は面白いと感じていました。
一番最初に働いたお店で良い親方に出会い、その後の修業先をお世話してもらったり、ことあるごとにご縁を繋いでもらっていたので、親方に報いるように頑張っていました。
ー 東京での修業時代で印象に残っているお店はありますか?
堀越さん:二軒目の修業先が池袋の割烹料理店だったんですが、そこの親方からはいろいろな影響を受けました。このお店では板前さんの人数が少なかったので、すべての持ち場を担当しながらひと通りなんでもできるようになりました。いまのお店(稀家)の雰囲気や料理のスタイルなどは、この時の影響が色濃く出ていると思います。ここの親方は料理の腕は秀逸でしたが、個性的で破天荒な方で…その生き方においてもいろいろと勉強させてもらいました。
ー 若いころに上京し、人との出会いを通して多くの刺激や影響を受けたんですね。なるほど、だからこそ今の堀越さんはしっかりと落ち着いていらっしゃるんですね。
ー 東京に残らず富岡に戻られたのはなぜでしょうか?
堀越さん:もともと、東京はスキルアップするための修業の場と考えていました。東京は人も情報量も多くにぎやかな場所だったので、住むのならもっと落ち着いた地域が良いと思っていたんです。群馬に戻ってきてから(富岡出身の)妻と結婚したのを機に、しっかりと腰を据えてここで暮らしたいという気持ちになりました。
さらに、私の父が富岡で農業をやっていたことも大きな理由のひとつですね。父は年間を通して季節野菜を作っているので、地元産の新鮮な野菜をお店で提供できることは大きな魅力でした。
また、富岡で飲食店をやっている人たちは面倒見が良くて温かい人が多くて、横のつながりを大事にしているところも気に入っています。
ー 私もUターン組なのですが、生まれ故郷を一度離れてみるとわかる「とみおかの良さ」ってありますね。
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おもてなしの喜びを感じて
ー 稀家がオープンして今年で11年目になりますね。料理人というお仕事のやりがいをお聞かせください。
堀越さん:子どもの頃から憧れていた職業だったので、好きなことを仕事にできた喜びはあります。なによりも嬉しいのは「美味しかった」というお客様のお声をいただけることです。
希少な食材を仕入れたときには、この素材の持ち味を最大限に活かせるのか?とプレッシャーを感じることもあるのですが…その部分も含めて料理の世界はおもしろくて奥が深いと思っています。
温和で穏やかで、常に平常心で旬の食材に対峙している堀越さん。
堀越さんから生まれるお料理はとても丁寧で優しさにあふれていて、作り手の心を反映しているかのようでした。
肩ひじを張らず、気軽にいただける日本料理のお店がご近所にあるのも嬉しいですね。
お店のインスタグラムでは、旬の食材を使った《お昼の御膳》の紹介もされています。
【稀家】
住所:群馬県富岡市内匠228-1
電話:0274(67)7272
定休日:日曜日・月曜日
昼の部:11:30~13:30 夜の部:17:30~21:00
《お弁当販売》
セキチュー富岡店 隣接敷地内の「峠の釜めし荻野屋 トレーラーハウス店」では数量限定で稀家のお弁当を販売しています。
(マツオ)