美術館で展覧会があります。と聞くと、「壁に絵が並んでいるんだろうな」と思いますよね。
もちろんその通りなのですが、今回の企画展は、どうもそれだけではなさそうなんです。
展覧会の名前は、「アートの学び展 アートインクルージョンの練習問題」。
……正直に言うと、最初に名前を見たとき、何をやる展覧会なのかよく分かりませんでした。
ただ、いつもの展覧会とは何かが違う気がする。そう思った私は、企画展の実行委員会委員長を務める茂木一司先生と、富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館の学芸員、肥留川さんを訪ねました。
そのときに伺ったお話に入る前に、まずはどんな展示があるのか、実際に会場を訪れてみた様子をお伝えします!
「分けない」がテーマの展覧会
今回の展覧会には、美術教育を研究している人や、学校で美術を教えている先生、アーティストなどが参加しています。ここで大事にされているのが、「分けない」という考え方です。
◆ 企画展示室(第1会場)
「アート学習のインクルージョン」
アートの可能性について考える「自由と創造のアート教育史」、子どもがありのままで過ごせる関係を可視化した「呼吸する教室」など
テクノロジーとアートを分けない「メディアアートとアニメ」。コマ撮りアニメに挑戦しよう!
障がいのある人とない人を分けない「目と手でみるアート」。目を閉じて鑑賞すると、新しい発見があるはず
◆ 常設展示室(第2会場)
「福沢一郎のつくりかた・まなびかた」
対峙、アンケート、コラージュ、再現など、さまざまなアプローチで福沢一郎の作品に近づくことができる空間
牛の被り物をつけて作品に参加してみよう。毎正時には「えさやりタイム」も開催!?
◆ 市民ギャラリー(第3会場)
「アートのアソビ場」
毛糸玉を壁に貼り付けたりして遊ぶ「色の森-にぎる・ほぐす・からぐ-」
「繭型エアドーム」「クミクミクミコ」など、6つのワークショップはすべて自由に参加できる
「境界を分けず、誰もが表現し、誰もが感じ、共に学ぶ場をつくる」という今回の展覧会。会場には、作品を見るだけではなく、実際に体験したり、考えたり、表現したりできるものもあります。
さらに会期中には、講演会やワークショップ、シンポジウム、福沢一郎をテーマにしたイベントなど、さまざまな企画が行われます。ぜひチェックしてみてください。
☆詳細はこちら⇒ 富岡市ホームページ
この企画展を考えた茂木先生とは?
今回の企画展の実行委員会委員長を務める茂木一司(もぎ・かずじ)先生は、長年、美術教育の研究と実践に携わり、鹿児島大学、群馬大学、跡見学園女子大学で教えてきました。
今年度末で跡見学園女子大学を定年退職することになり、「何かまとめをしようかな」と考えたことが、今回の企画展につながっているそうです。
(左から)茂木先生と、市立美術博物館の学芸員・肥留川さん
― なぜ今回の企画展を、富岡市立美術博物館で開くことになったのでしょうか?
茂木先生:僕の高校時代の美術の先生に、井田淳一という人がいました。以前、「井田淳一と生徒たち」という展覧会で、この場所を使わせてもらったことがあったというのがひとつ。もうひとつは、学芸員の肥留川さんがいるので、いろいろお願いしやすいかなと思って。彼女は私の教え子で、よくワークショップの手伝いをしてもらっていたんですよ。
― 肥留川さんは、茂木先生の教え子だったんですね!先生から今回のお話を聞いたときは、どう思いましたか?
肥留川さん:先生は、これまで私たちが「やってみたい」と思いながらも実現できなかったことや、これまでの展覧会の枠組みから少し外れるような、新しいことを提案してくださいました。「もしかしたら、今までできなかったことができるかもしれない」。そんな希望を持って、「はい、一緒にやりましょう」とお答えしました。
「大学時代の先生とこのような形で仕事をすることになるとは意外でした」と肥留川さん
「分けない」って、どういうこと?
― テーマになっている「分けない」ということについて、少し詳しく聞かせてください。
茂木先生:例えば、「障がいのある人とない人を分けない」ということでお話しすると、小さい頃からずっと一緒にいることが大事なんです。そうすれば、同じ社会で暮らすことが当たり前になって、健常(普通)と障がいとの差なんて、あまり気にならない。ところが、最初から分けてしまうと、障がいのある人はそのまま社会から切り離されてしまう。
自分と違う人、理解し合えない人がいても、同じ地球の中で暮らすことは拒否できないですよね。じゃあどうすればいいかというと、お互いにどこかで譲り合う必要もあるし、主張し合う必要もある。共生社会のキーになるコミュニケーションとは、そういう双方向の練習が必要なんです。
アートのいいところは、いろんなものを否定しないことなんですよね。「そういうものがあってもいいんじゃないの?」って。不正解はなく、たくさんの正解がある、いわゆる多様性です。また、一回分かれたものを、もう一回くっつける力もある。この展覧会を通して、「分けない」ということ、常に全体を意識しながら物事を進めるということを、練習してほしいという思いがあります。
―「分けない」は違いをなくすことではなくて、違いがあっても一緒にいるための練習なんですね。
9/5に開催された、布山タルトさんによる「アニメ制作ワークショップ」の様子
アートは「自由……?」
― 今回の展覧会は、美術教育に携わる人だけでなく、普段あまり美術館を訪れない人にもいい内容だと思いました。「福沢一郎の作品は難しい」と感じている人への、鑑賞のヒントになるような展示もありますね。
肥留川さん:美術館としては、福沢一郎の作品について「正しい情報」を皆さんに伝えなければいけないので、曖昧な解釈やニュアンスを残すことは難しいんです。ですが今回の展示では、どう解釈してもいいし、どんなアプローチでもあり得るということを、お見せできているのかなと思います。
いわゆる「正しい情報」だけではなく、表現の幅や解釈の幅を感じ取っていただけると、「福沢一郎の作品は、こんな見方もできるんだ」と、考え方を変えるきっかけになるのではと思います。
企画展の会期中、福沢展示室では「福沢一郎 はじまりの一歩」を開催中
― どんな見方をしてもいいというのは、どの作品にも共通することでしょうか。アートは「わからないから楽しめない」という声もありますよね。
茂木先生:現代のアート作品は、いわゆる「美しさ」を基準にしているものばかりではありません。作品の解釈は、端的に言えば「自由」です。好きに見ればいい。
でも、その形や色などのイメージになったのには理由があります。アーティストは、環境や政治、ジェンダーなどの見えない問題について、調べたり、実際に歩いたりしながら、作品を通して見えるように表現していきます。つまり作品とは、アーティスト個人が社会(世界)と関わった時間の集積、いわば「生きた証」です。私たちは、アーティストの考え方や、それを評価する人の価値観を見ているわけです。
だから、「自由だけど、ルールを知ることも大事」と言わなければなりません。
多くの人が「そうだね」と思うものは、いわゆるアートの歴史として残っていきます。美術側もいろんなルールを伝えようとしていて、そこを理解すると、作品を見るのがさらに面白くなる。けれど、すべてを知る必要はないです。
肥留川さん:「絵を見てもわからない」「ルールがわからないから絵がわからない」と思ってしまうのは、子どもの頃からいろんな美術作品をたくさん見ていないことや、見方を教わっていないことが原因なのかなと感じています。
小さい頃から保護者の方と美術館に来て、「よくわからないけど、この絵はなんかこうだね」とたくさん話す。そういう体験を積み重ねることで、少しずつ自分なりの絵の見方ができてくると思うんです。
もし、この展覧会がそういうきっかけの第一歩になれば、それはもう願ったり叶ったりです。ただ、そんなに簡単にいくことではないので、「あの時あんなことをここでやってたね」というふうに思い出してもらうだけでも、だいぶ違うのかなと思っています。
自分の絵を美術館に展示できる「だれでもアーティスト」
― 最後に、この展覧会に行こうか迷っている人へ、メッセージをお願いします。
茂木先生:僕はずっと、ワークショップ(参加協同型学習)の研究をしているんですが、「やってから考える」というのが、ワークショップのある種のキーワードなんです。現代は頭で考えるだけで、やらないで判断する人が多いけれど、現代人が今もっとも必要なのは、頭と身体全体で学ぶことです。そして、その頭と身体を、心=アートでバランスを取る。それが生きていくことだと思っています。
ここに来て、見れば、必ず何かいいことがあるはずです。だから、とりあえず体験しに来てください!
【企画展「アートの学び展 アートインクルージョンの練習問題」】
〈期間〉11月1日(日)まで
〈時間〉午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
〈費用〉一般600円、大学・高校生300円、中学生以下無料
・半券提示で2回目以降の本展観覧料が半額(観覧券1枚につき1人)
・20人以上の団体は2割引き
・ぐーちょきパスポート(子育て応援)の提示で2割引き
・身体障害者手帳・療育手帳または精神障害者保健福祉手帳を持つ人とその介助者1人は無料
※割引サービスの重複はできません
※10月28日(水)は群馬県民の日のため観覧料無料
〈休館日〉月曜日
※9月21日、10月12日(月・祝)は開館、10月13日(火)は休館
関連事業などの詳細は、富岡市ホームページをご覧ください。
「分けない」ことも、「自分なりに見る」ことも、頭の中で考えているだけでは、なかなかわからないことかもしれません。
誰かと一緒にやってみたり、話してみたり、実際に感じてみたり。そういったことを重ねていくうちに、少しずつ見えてくるものがあるのだと思います。
難しく考えず、まずは会場に行ってみる。見て、触れて、体験してみる。
そこから、何かが変わるかもしれません。
私自身、今回の企画展を通して、これまでとは少し違った見方でアートを楽しめるようになった気がしています。
そして、一緒に会場を訪れた子どもは、ますます美術館が好きになりました。
これからも富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館へ、たくさん足を運びたいと思います♪

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