今年4月、私は移住定住コンシェルジュとして、耳の聞こえない一人の女性をご案内することになりました。
私は手話はできませんが、その日は身振りや筆談を交えて自然とコミュニケーションが弾み、初対面とは思えないほどすっかり意気投合してしまったことを覚えています。
そのときに出会ったのが、長澤理佐子さんです。
長澤さんは、富岡市から長野県軽井沢町へ通い、日々カーリングの練習に励んでいるデフアスリート。これまでデフリンピックなど、世界の舞台も経験してきています。
とにかく明るくて元気いっぱいで、「なんて素敵な方だろう!」と、こちらまで笑顔になってしまうような方でした。
その出会いから数カ月。長澤さんに近況を伺ってみると、富岡暮らしを満喫しながら精力的に競技活動に取り組んでいることを知り、とても嬉しく思いました。
今回は、そんな長澤さんのこれまでの歩みや、富岡での暮らしについてお話を伺ってみました。

【長澤 理佐子さん】
神戸市出身。生まれたときから耳が聞こえなかったが、幼いころから水泳や剣道、新体操などさまざまなスポーツに親しみ、高校時代はバレーボールに情熱を注いだ。
28歳でスノーボード選手として冬季デフリンピックに出場。その後カーリングに転向し、2024年にトルコで開催された冬季デフリンピックでは、カーリング日本代表選手として出場した。
◇デフリンピックとは?
耳の聞こえないアスリートのための国際的な総合スポーツ大会。4年に1度開催され、ルールは一般のオリンピックとほぼ同じだが、スタートの合図に音ではなく光を使うなど、視覚的な工夫が取り入れられている。
◇デフウィンタースポーツについて詳しくは、一般社団法人日本ろう者スキー協会 のホームページをご覧ください。
導かれるように決めた、富岡での新たなスタート
― 兵庫県にお住まいだった長澤さんは、なぜ富岡市を移住先に選ばれたのでしょうか?
長澤さん:私は以前から、カーリングの競技活動で軽井沢を何度も訪れていました。「軽井沢アイスパーク」は国内でも有数のカーリング環境が整っている施設で、練習に思いきり打ち込める場所です。そのため、軽井沢の近くに拠点を構えたいという思いがありました。
そんな中、実際に富岡市を訪れたとき、豊かな自然に囲まれた環境にとても惹かれたんです。早朝に富岡の郊外を車で走っていたら、野生動物に次々と出会い、不思議と「歓迎されているような気持ち」になったことを今でも覚えています。
初めて訪れた一ノ宮の貫前神社では、心がすっと軽くなるような感覚があり、この神社とのご縁を強く感じました。また、妙義山を眺めるたびに心が落ち着き、自然から大きなエネルギーをもらえる場所だとも感じました。
住まい探しでは、移住定住コンシェルジュの松尾さんが親切にサポートしてくださり、自分が理想としていた物件に出会うことができました。
競技を続けるための最高の環境であることに加えて、人とのご縁や自然の温かさにも後押しされ、「ここで新しい人生をスタートしたい!」と思えたことが、富岡市を選んだ一番の決め手です。
新しい暮らしを見守ってくれるような、心安らぐ貫前神社の境内にて
― 実際に生活してみて、ここでの暮らしはいかがですか?
長澤さん:特に驚いたのは夏の気候です。7〜8月でも朝晩は涼しくて、クーラーをつけずに過ごす日もあるほど。小学生以来、こんなに涼しい夏を過ごした記憶がなくて、とても新鮮に感じています。空気が澄んでいて自然が豊かなので、日々気持ちよく生活できていますね。練習と日常生活の両方で心身ともにリフレッシュできて、デフアスリートとしてコンディションを整えやすい最高の環境です。
もう一つ、ここで暮らして感じたことがあります。それは、富岡の人はみなさん落ち着いていて、しっかりと地に足がついているという印象なんです。関西ではみんな賑やかで落ち着きがない…と言ったら語弊がありますが(笑)。そんな富岡の人たちを見ていると、私もここにどっしりと根を張って生きていこう、と身が引き締まりました。
そのようなことから、ここで暮らせて本当に良かったと感じています。
体が資本のアスリート。「富岡の野菜は新鮮でおいしい」と語る長澤さん
雪山から氷上へ、再び燃え上がった情熱
― 長澤さんがカーリングに出会い、選手になろうと思った経緯をお聞かせください。
長澤さん:私は幼いころからスポーツが大好きで、趣味でスケボーをやっていた時期がありました。その延長でスノーボードに興味を持ち、試してみたらすっかりハマってしまって。そこからスノーボードの選手を目指し、2003年にスウェーデンで開催された冬季デフリンピックに、アルペンスノーボード競技の日本代表として出場しました。
結果は惜しくもメダルに届かず4位でしたが、そのときの悔しさや、世界の舞台で戦った経験は、のちの人生に大きな影響を与えるものでした。
スノーボード競技を引退した後は、出産・子育てを優先し、母としての役割を一生懸命に果たしてきました。ただ、心のなかでは「もう一度デフアスリートとして挑戦したい」という思いが、ずっと残っていたんです。
そんな気持ちを抱えながら子育てが一段落したころ、京都アイスアリーナで開催されたカーリング体験会に初めて参加しました。
アイスシートに立った瞬間、その冷たい空気や氷の匂いが、現役時代に雪山で感じていた感覚と重なり、一気に当時の記憶がよみがえりました。その瞬間、「もう一度挑戦してみたい!」というデフアスリートとしての情熱が再び燃え上がり、デフカーリング選手として新たな一歩を踏み出すことを決意したんです。

音のない世界でチームと戦うカーリングの奥深さ
— デフカーリングにおいて、チームメイトとのコミュニケーションで工夫していること、大切にしていることを教えてください。
長澤さん:デフカーリングでは、補聴器や人工内耳を外して試合を行うので、無音の世界になります。そのため、私たちは視覚に全集中しながらプレーしています。
作戦や情報共有には、手話やチーム独自のハンドサインを使い、アイコンタクトや視線の動きも大切なコミュニケーションのひとつです。特に広い視野を持つことが重要で、アイスシートの状況を瞬時に感じ取りながら、チーム全員で共有してプレーしています。
私が大切にしているのは、「見えている情報をチーム全員で共有すること」「お互いを信頼すること」です。聞こえないからこそ、一つひとつのハンドサインやアイコンタクトに気持ちを込めて、チーム全員が同じイメージを持ってプレーすることを心がけています。
― スノーボードとカーリング、2つの競技で世界大会を経験された長澤さんですが、競技の違いや大舞台での思い出を教えてください。
長澤さん:アルペンスノーボードが一瞬の勝負だとしたら、デフカーリングは、約2時間半かけてチームで戦います。試合の流れを読み、チーム全員で支え合いながら勝利を目指す時間は、カーリングならではの奥深さですね。
また、デフリンピックや世界大会という大舞台で日本代表としてプレーできたことは、私にとって夢のような経験でした。世界中の選手たちと同じ舞台に立ち、国を代表して戦えたことに、大きな誇りと幸せを感じています。
これまでの経験は、結果だけではなく、人との出会いや挑戦し続けることの大切さを教えてくれた、かけがえのない財産です。
手話で「デフリンピック」を表現する長澤さん
家族の歩みとともに。富岡から広げていく共生と挑戦の輪
― ご自宅から遠く離れた場所に単身で移住し、新たな挑戦をする長澤さん。ご家族はどのように送り出してくれたのでしょうか?
長澤さん:家族の理解や協力があってこそ、今の私があると思います。私のアスリートとしての人生を温かく応援してくれて、競技に打ち込める環境をつくり、送り出してくれたことには心から感謝しているんです。
実は、私には二人の娘がおりまして、次女は小学1年生になる前に白血病を患い、約3年間の闘病の末に亡くなりました。その経験は、家族にとって本当につらい出来事でしたが、長女は「妹の分も精一杯生きよう」と決意してくれました。現在は大学4年生で、診療放射線技師を目指し、国家試験の合格に向けて勉強に励んでいます。
私がこうして新しいことに挑戦し続けられる原動力には、家族との歩みや、そうした過去の経験も大きく影響しています。離れていても、お互いの道をそれぞれの場所で精一杯生きる。そんな志を持つ家族の支えがあるからこそ、私も前を向いて進むことができています。

― 最後に、これからの夢をお聞かせください。
長澤さん:今の夢は、2031年に開催される冬季デフリンピックの日本代表選手として出場することです。
その実現のためには、デフ女子チーム全体のレベルアップが欠かせないと考えています。今シーズンは「サバ東京」というチームの一員としてシニア大会に参戦し、聞こえる選手たちと競い合う経験を積みながら、自身の競技力をさらに高めていきたいです。
そして、その経験を活かしながら、群馬県内の聴覚障がいのある女性たちにもカーリングの魅力を伝えて、一緒に夢へ向かって挑戦できる仲間を発掘・育成していきたいですね。
また、競技活動を通して、富岡市や群馬県のみなさんに、手話やデフスポーツへの理解を深めてもらえたら嬉しいです。
スポーツには、人と人をつなぎ、障がいの有無を超えて笑顔で交流できる力があります。カーリングをきっかけに、誰もが挑戦できる環境づくりや、共生社会の実現に少しでも貢献し、富岡市から新しい挑戦の輪を広げていきたいと思っています。
最後になりますが、デフカーリングチームへの温かい応援をよろしくお願いいたします。みなさまの応援を力に変え、全身全霊で挑戦し続けます!
◇富岡市でのコミュニケーション支援について◇
富岡市役所では、手話通訳者の派遣やタブレットを使った「遠隔手話通訳サービス」など、さまざまなコミュニケーション支援を行っています。
また、毎週水曜日(祝日、年末年始を除く)の15時〜17時は、福祉課相談室に手話通訳者が1名おり、事前予約なしでご利用いただけます。
詳しくはこちらをご覧ください。

ご不明な点などがありましたら、富岡市役所福祉課へお気軽にお問い合わせください。
いかがでしたか?
持ち前の明るさと強い意志で、富岡から世界へと挑戦する長澤さん。そのまっすぐな姿に触れると、なんだかこちらまで背筋が伸びて、勇気が湧いてきます。
新たな一歩を踏み出した長澤さんのこれからを、みんなで応援していきましょう!

●この記事を書いた人:マツオ -About me-
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