富岡市内の中学校で行われている「未来の教室」という授業を知っていますか。
各学校に授業を届けるのは、地域で働く20代〜30代の社会人や県内の大学生たち。
中学生の少し未来を歩いている、まちの “センパイ” です。
約2時間の授業で生徒たちは、
センパイと向かい合って会話し、センパイの経験談を聞き、
センパイからの問いかけに対する自分の気持ちや考えを言葉にします。
家族でも先生でもない初対面の大人に、自分の心の内を話す。
一見どこにでもいる平凡そうな社会人から、人生の経験談を聞く。
これまでの学校ではあまり行われていなかったことなので、どんな授業か想像がつかないという人も多いのではないでしょうか。
そこで取材を進めていくと、「未来の教室」が持つさまざまな側面と、ワクワクする地域の未来が見えてきたのです―――
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未来を語り合う “対話” の授業
「未来の教室」はいったいどのように行なわれているのでしょうか。
北中学校と富岡実業高校で2020年に実施された授業を元に、当日の様子をお伝えします。
※授業の内容は学校によって異なります。
【授業の流れ】
番号札を持ったセンパイが待つ体育館へ入場する生徒たち。小グループに分かれ、「ホーム」のセンパイの元へ向かいます。
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お互いに自己紹介。趣味や好きなものの話をして打ち解けます。
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生徒は「語り」を担当するセンパイの元へ移動し、経験談に耳を傾けます。
「友達と喧嘩をした」「家庭環境に悩んでいた」「自分を変えたくて挑戦した」・・・
過去に起こった出来事と、そこから得られたものについて語るセンパイ。
その内容はオリンピック選手や起業家の講演会に比べれば、盛り上がりは少ないかもしれません。ですが自分に置き換えやすい内容のため、子どもも大人も自然と引き込まれていきます。
そしてセンパイは語りの最後に、こんなことを生徒たちに問いかけます。
「あなたが大切にしたいことはなんですか?」
「どんな大人になりたいですか?」
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語りを聞き終えた生徒は、再び「ホーム」のセンパイの元へ。
センパイとの対話の中で、今感じていることや、普段自分が考えていることなどを言葉にしていきます。
言葉がなかなか出てこない生徒もいれば、悩みを打ち明ける生徒もいます。
おちゃらけて友達と笑い話ばかりしている生徒もいます。
けれどセンパイは、無理に何かを聞き出そうとはしません。
自身の経験談を交えながら優しく問いかけ、生徒の言葉に寄り添います。
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「経験談を聞く」と「対話する」を繰り返すうちに授業は終盤へ。
センパイから手渡されたフューチャーパスポートという紙に、生徒は「これからどう生きていきたいか」「どんな一歩を踏み出したいか」といったことを綴ります。
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書き終えてセンパイへ提出したら、授業は終了。
フューチャーパスポートはセンパイがメッセージを記入し、後日生徒に返却されます。
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会場を後にする生徒たちを激励し、まるで親戚のお兄さんお姉さんのような温かい眼差しで見送るセンパイ。そんなセンパイに感謝の言葉を伝え、笑顔で手を振る生徒。
2時間前に出会ったばかりとは思えない光景です。
授業の様子を見ていた学校の先生からも
「びっくりした。社交的ではない子も含めて、自然体で打ち解けているように見えた。家族にも教師にも話しづらいことはあると思うので、生徒にとって本当に貴重な場になったと思う」
との声が上がっていました。
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授業後の生徒の変化と可能性
「未来の教室」は、生徒たちの心に何を残したのか。
授業を受けた生徒たちから後日届いた手紙には、こんなことが綴られていたそうです。
・大人は怖いというイメージがあったけれど、ガラッと変わりました。
・自分の悩みについて真剣に考えてくれたことが嬉しかったです。
・話すことが苦手でしたが、自分の考えを口に出して言えるようになりました。
・普段なかなか言えないことが言えて、スッキリしました。
・今までの授業で一番ステキな授業でした。目標に向かって頑張りたいです。
これだけでも大きな成果ですが、これで終わりではありません。
この先いろんな事があった時に、「自分のことを真剣に考えて応援してくれる人が近くにいる」という実感は、きっと生徒の心の支えになるでしょう。
もしかしたら、職場体験やインターン、地域イベントなどでセンパイと再会することもあるかもしれません。
その時に感じる心強さは、地域への信頼や愛着にもつながっていくはずです。
社会に出たら、今度は自分がセンパイになって母校を訪れるかもしれません。
地域のつながりが希薄になっているこの時代に、そんな循環が生まれる可能性だってあるのです。
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“センパイ” が得るもの
「未来の教室」でのセンパイの主な役目は、生徒と話し合うことと自分の経験談を伝えること。
コミュニケーション能力が高い人たちがやっているんでしょ?と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ苦手だと感じている人もたくさんいます。
「自分にも何かできることがあるかもしれない」
「変わるきっかけになるかもしれない」
それぞれの思いを胸に集まったセンパイたちは、30代以下というくくりがあるだけで仕事も経歴もバラバラ。
過去の自分に向き合い、生徒と関わる心構えをし、授業の難しさを実感するという過程の中で、自然と仲間意識が生まれていく様子が印象的でした。
この特別な経験を通して、センパイは何を得ることができるのでしょうか。
実際に参加したお二人に、お話を聞いてみました。
【嶋田 真衣さん(21歳・大学生)】
― センパイをやろうと思ったきっかけは?
成人式実行委員会の取材時(※)に、「未来の教室」を担当している市役所の職員さんが同席していたんです。そこでお話を頂いて、「何か得られるものがあるかもしれないからやってみよう」と思って参加しました。
― 授業では紙芝居を使って経験談を語る役でしたが、難しかった点はありますか?
私の表現が抽象的になりがちで、「それでは生徒に響かないから、もっとその時の心情を思い出して話して」と助言されたんですけど、それを思い出すのが大変でした。
― センパイを経験して何か変化はありましたか?
準備するにあたって自分と向き合うことが多かったので、「頑張ってきてよかったな、ここを超えてきたから今があるんだな」と、自己肯定感が上がりました。人前で話すことで度胸もついたと思います。中学生も意外と目を見て聞いてくれて、純粋だな、いい子たちだなと思いました。
― センパイをやってよかったですか?
やってよかったです。
授業では3回同じことを発表したんですけど、前日の練習では「まるで他人のことを話しているみたい」と言われていたのが、「だんだん気持ちが乗ってきて良くなっているよ」と言っていただけたので嬉しかったです。
就活を進める上でも自己分析は必要で、センパイはそれができるので学生にもすごくいい経験だと思います。他の人のお話が聞けたのもよかったです。
※ 嶋田さんが書いたこちらの記事もご覧ください。
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【富田 健斗さん(29歳・会社員)】
― センパイとして授業に参加して、どんなことを感じましたか?
「対話」って難しいなと。これで対話になっていたのかな…と毎回反省して、毎回試行錯誤しながらやっています。
ある授業の時には、最初に全く目を合わせてくれない生徒がいて。最後は笑いながら話をしてくれたんですけど、本当にあの接し方で良かったのかな?どうすればその子にとっていい時間だったのかな?と、終わってからずっとモヤモヤしていたことがありました。
別の授業では、自分の不登校の経験を活かせればと思って参加したら、実際に会った生徒は不登校を乗り越えて今を楽しんでいて。彼の言葉に逆に気付きをもらったこともありました。
― 自分の過去を語ることについてはどうでしたか。
中学生の時に不登校だったことは、以前はできれば話したくありませんでした。今はセンパイの経験を通して話せるようになってきて、自分の過去に対する嫌な気持ちがなくなってきたと思います。
― 他にもセンパイを経験して変わったことはありますか?
仕事でも友人とのやり取りでも、「これってどういう状況だったんですか?」と聞いたり、「それについて自分はどう思ってるのか」と問いを立てることを意識するようになりました。
そうやって意識していなかったことを意識するようになったり、自分の中にあった決めつけがなくなったり、当たり前のようで大切なことに気づけたり…。
それと市役所で働く人たちの知り合いが増えたので、行政が身近になりましたね。
― また「未来の教室」に参加したいですか?
しばらくは参加したいです。自分は富岡で仕事をしていますが、同期が少ないので、外で異業種の人とつながるのは大事なことだと思っています。つながり続けるために参加し続けたいです。
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人と人、人と地域がつながり、共に歩んでいく。
「未来の教室」が子どもたちの未来、そして地域の未来にどう影響していくのか。
それはまだ始まったばかりで未知数ですが、継続をしていけばその可能性はどんどん広がっていくと感じます。
これを読んでいる人の中には「もう40代だからセンパイになれないや…」とガッカリしている人もいるかもしれません。
でも私は、20代向け、30代向け、40代向けの「未来の教室」があってもいいと思うのです。
20代が30代~40代のセンパイから、30代が40代~50代のセンパイから経験談を聞き、不安を打ち明ける。
センパイが過去の失敗をさらけ出して後輩の不安に寄り添うことで、お互いに理解が進み、仕事や地域活動での「やりづらさ」が解消されていくんじゃないかなと思ったり…。
みなさんもそれぞれの立場から、人と人、人と地域との関わり方を考えてみませんか?
自分たちの未来のために。
(ナカヤマ)
「自分もセンパイになってみたい!」「ちょっと気になるかも…」という方は、
NPO法人DNAまたは富岡市役所 地域づくり課まで、お気軽にご連絡ください。
NPO法人DNAお問合せフォーム
富岡市役所 地域づくり課 E-mail
chiikidukuri@city.tomioka.lg.jp
◯富岡市での「未来の教室」については市のホームページをご覧ください。
◯「未来の教室」の企画・運営を行うNPO法人DNA(Design Net-works Association)については下記のホームページをご覧ください。