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まゆといと

2019.12.27ピックアップ

村西真典(むらにしまさのり)さん・有希(ゆき)さん

日本の農業人口の減少・高齢化が叫ばれる中、

富岡で暮らしていると、若い農家さんに出会うことが度々ある。

村西夫妻もそのうちの一組だ。

 

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私が富岡でお二人に出会ったのは、約8年前。

神奈川県出身の真典さんは甘楽富岡地域で農業研修を受けていて、

千葉県出身の有希さんは甘楽町のNPO法人で、農業の6次産業化に携わっていた。

 

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その後お二人は結婚し、現在は富岡市田篠でナスやキャベツなどの栽培に励みながら、二人のお子さんたちと家族四人で暮らしている。

 

お互いの実家から離れた場所に暮らし、新規就農という道を選んだ村西さん。

不安や心細さは、なかったのだろうか。

 

この土地に来ることになったきっかけ、そして農家という立場から見た今の暮らしについて、改めて聞いてみたいと思った。

 

 

 



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「青年海外協力隊と甘楽富岡地域」

 

セネガルの農村の小学校で畑を教えていた頃の有希さん。

 

 

―― お二人は大学時代からのお付き合いだそうですね。

 

有希:そうなんです。二人とも、農学と国際協力について学べる学科に在籍していていました。

 

―― そしてお二人とも大学卒業後に青年海外協力隊※の野菜栽培隊員として、アフリカに派遣されていたことがあるんですよね。(※国際協力機構JICAが実施する海外ボランティア派遣制度)

 

有希:時期は半年ずれているんですが、たまたま私も夫も、甘楽富岡地域で農業研修を6ヶ月間受けるように言われて、西アフリカのセネガルに派遣されることになって…

 

―― 渡航前の研修先も、派遣先の国も、偶然同じ場所に!?

 

有希:野菜栽培隊員の研修先は全国に何か所もあって、派遣先の国も中南米やアジア、オセアニアなどもある中で、同じ場所になったのでビックリしました。

 

ネガルでの野菜栽培の様子。

 

 

―― なんと運命的な…。ところで、甘楽富岡地域での農業研修中は、どこで生活をしていたんですか?

 

真典:当時は黒岩に宿舎が用意されていて、研修生はそこで共同生活をしながら、一人ずつ別々の農家さんのところへ通っていました。

 

―― その研修を経てセネガルに行き、任期を終えて帰国してから、真典さんは3ヶ月ほどで富岡に戻ってきたんですよね。その時にはもう、ここで農業を始めるつもりだったんですか?

 

真典:そうです半年間の研修でお世話になった農家さんがとても居心地を良くしてくれていたおかげで、この地域の印象が凄く良くて。すでに知っている人もたくさんいるし、協力してくれる人もいる。だから農業をやるならこの辺だな、と思いました。

 

―― そこから独立に向けてどんな道のりがあったんでしょうか。

 

真典:まず最初の半年間は、農林水産省の事業の『田舎で働き隊(現在の地域おこし協力隊)』として、様々な農家さんのところに研修に行きました。次の1年間は県の農業研修事業を使って、市内のナス農家さんにお世話になりながらナス栽培の勉強をさせてもらい、それから就農したんです。

ちょうどその頃に始まった補助金制度(農業次世代人材投資事業)もあったので、そちらも活用しながらやっていくことができました。

 

―― 様々な制度があるんですね。それでも後継者ではなく新規参入者として移住先で就農するのは、大変そうなイメージがあります。どんなことが大事だと感じましたか?

 

真典:やはり知っている人がその土地にいるというのが大きいですね。行政や農協も動いてはくれますが、土地を紹介してもらうにしても機械を借してもらうにしても、結局は地域の人間同士のやり取りになるので。

 

JICAと甘楽富岡地域を繋いでいるNPO法人自然塾寺子屋主催の田んぼの収穫イベントの様子。

 

 

―― お二人のように甘楽富岡地域で農業研修を受けて青年海外協力隊になり、帰国後にこちらに移住した方は何人もいらっしゃるんですよね。みなさん受け入れ先でいい関係が築けていたんだろうなぁと感じます。有希さんもそうですか?

 

有希:私も半年間受け入れてくれた農家さんが家族のような存在になっていて、友達関係もゼロからではなかったので、すんなりとこの土地に入ることができました。

 

 


 

 

「地域のみなさんに助けられて」

 

 

―― 移住後に地域の方々との新たなお付き合いは生まれましたか?

 

有希:夫は地区のお囃子の練習に行ったりして、うまくご近所付き合いをしているなぁと思います。

 

真典:近所の同年代の方と仲良くなれるかな、と思い行き始めました。『富岡どんとまつり』も参加すると楽しいですしね。

あと消防団にも入っているんですが、農家さんや農協、市役所に勤めている人の知り合いが増えましたし、普段の話のネタにも困らないので、やっていてよかったと思います。

 

―― お祭りや消防団への参加は、地域に早く溶け込むのに有効的だったんですね。

 

真典:他の地区はわかりませんが、東富岡は30代の農家の後継者が多いんですよ。

 

―― 若い農家さんが多いとは!いい環境なんですね。

 

 

保育園がお休みの日はお父さんに会いに畑まで遊びにいく娘さん。この日は茄子の枝の誘因をお手伝い。

 

 

―― 外から来た人間だからこそ感じる、富岡の人たちの特徴ってありますか?

 

真典:畑で使う機械や道具を「貸して欲しい」とか「ください」などと図々しいことを言っても許してくれる、寛容な人ばかりですね。農業の技術にしても畑にしても、隠すことをせずオープンな人が多いです。

 

有希:こちらが困っていることを素直に言うと、甘えさせてくれる人が多い気がします。何も言わなくても心配して助けてくれる人もいますし、世話好きな気質なんでしょうか?

ある日子どもと買い物に行ったら、産後の疲れが顔に出ていた私を見かねて「これ持っていきな!」とお弁当を持たせてくれた方もいました。

 

―― その様子、想像できます(笑)。お子さんが二人いて実家が離れていると、大変なこともあるのではと思うのですが、子育て中に心細くなったりはしませんでしたか?

 

有希:子どもと一緒に歩いていると必ず話しかけてくれる人がいるので、孤独を感じることはなかったです。それと、富岡市の『産後ママサポート』もたくさん活用していました。

いくら地域の人やお友達が助けてくれると言っても、頼みづらい時もありますし、この制度は使いやすくて料金も安くて、本当に助かりました。

 

子どもを背負って畑のお手伝いをすることも。有希さんはおむつなし育児とさらしおんぶの講師の顔も持つ。

 

 

―― 使いこなしていますね〜。では最後の質問です。お二人は今後も、この甘楽富岡地域で農業を続けていきますか?

 

真典:はい。農業はコツコツやっていくしかないということをこの6年間で身にしみて感じたので、これからもコツコツと、いいものをたくさん作っていけるようにしていきたいです。

 

有希:私は夫の畑を手伝いつつ、気になる作物の栽培や加工品作りなどもどんどん試していきたいと思っています。

 

―― これからもぜひ、美味しいお野菜を作ってください!

 

 



 

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富岡の人たちがいかに“世話好き”かを村西さんと話していた時、

私自身のエピソードを思い出して、クスッと笑ってしまった。

 

ある春の日、山の近くに建つ我が家にご近所さんがやってきて

「敷地のところに筍が出てるから、今日掘ったほうがいいよ!」と教えてくれたのだ。

それでは掘ろうかなと私が外に出ていくと、「道具ある?持っていくよ!」と言って駆けつけてくれ、結局私の代わりに掘ってくれた。ということがあった。

 

他にも、庭の大きな木の剪定に困っていることをポロッと話すと、翌日チェーンソーとはしごを持って来て切ってくれたこともある。

 

 

 

ここでお世話される側が気をつけたいのは、そんな世話好きな富岡の人たちは、見返りを求めてお世話をしているのではないということだ。

「困っているなら助けよう」という純粋な気持ちでやってくれているので、ありがたいと思ったら気を使いすぎずに「ありがとうございます!」と受け取ってしまう方がいい。

厚意に対して変に遠慮をしていると、迷惑がっていると取られかねない。富岡の人たちは、直球ストレートな人が多いのだ(個人の見解です)。

 

なので、「甘えさえてくれる人が多い」と話す村西夫妻は、“甘え上手”とも言える。

「そろそろ甘えてばかりもいられないですけどね。」と真典さんは話していたが、人から与えられる経験をたくさんしているお二人なら、きっとこの先“与える側”になるのではないか、と私は感じている。

 

 

これから富岡への移住を考えている若い方がもしいたら、お二人のように、まずはありがたくお世話になってみることをオススメしたい。

 

 

(記事中の写真は、全て村西さんから提供していただきました。)