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まゆといと

2023.09.01 建築シリーズ

ここがすごいよ富岡の建物《第8回》富岡製糸場 西置繭所

富岡市内の建築物について素人目線で学ぶシリーズ第8弾☆

ついにあの場所へ行ってきました!

 

2014年に世界文化遺産に登録され、場内には国宝に指定されている建物もある、

富岡市内で最も有名な文化遺産の『富岡製糸場』です!

 

 

富岡製糸場の東置繭所(写真左)と繰糸所(写真右)。どちらも国宝。

 

 

✔ 明治5年に明治政府が日本の近代化のために建設

✔ フランス人技師の指導のもと先進技術が導入されて設立された

✔ 木骨煉瓦造の主要施設がほぼ創業当初のまま保存され、かつ、昭和62年の操業停止の状態で保存されていることが非常に貴重

 

これらのことは、一度でも富岡製糸場を訪れたことがある人なら知っていますよね。

 

今回は、大規模な保存整備工事を終え2020年に公開が始まった、国宝『西置繭所』に注目!

どんな工事が行われ、現在はどのように活用されているのか、まだよく知らない人も多いのではないでしょうか?

 

 

西置繭所と学芸員の岡野さん

 

 

案内してくださるのは、富岡製糸場の学芸員 岡野 雅枝さん

2010年から富岡製糸場課に勤務している岡野さんは、西置繭所の保存整備工事の準備段階から関わってきた方です。

 

そして今回もご一緒してくださるのは、公共建築のスペシャリスト 新井 久敏さんです。

 

〈新井 久敏さん プロフィール〉

富岡市在住。群馬県庁職員として建築行政に関わる傍ら、90年代後半から公共建築のコンペの企画を支援。その業績は高く評価され、日本建築学会賞(業績)、土木学会デザイン賞優秀賞、これからの建築士賞を受賞。2023年、日本建築学会賞(文化賞)を受賞。

 

 

 


 

 

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保存修理・耐震補強・活用計画の連携によって実現した空間

 

 

西置繭所内に飾られている「日本イコモス賞」と「日本建築学会賞」の賞牌

 

 

― 西置繭所の保存整備事業は、2020年日本イコモス賞、2022年日本建築学会賞(業績賞と作品賞のタブル受賞!)と、輝かしい賞を受賞しています。

“「保存修理」「耐震補強」「活用のための整備」を一貫した理念と方針により実現したもので、日本における文化遺産の保存活用のあり方の新たな提案を高い完成度で示している” として評価されたそうですが、保存と耐震と活用を同時に考えるって珍しいことなんでしょうか?

 

新井さん:同じ人たちが保存修理の設計から活用方法まで一貫して関わった例は、あまりないようです。

 

岡野さん:修理と補強をしたところで一旦終わって、そこから活用方法を考えることが多いかもしれません。

 

新井さん:後から活用を考えると、補強のための柱や壁が活用の幅を狭めてしまったり、活用にあたり追加工事が必要になることもあります。どう活用するのかを考えながら補強方法を考える方が、無駄がなくていいですよね。

 

― 文化財の保存活用の先駆的な事例として西置繭所が知られていると思うと、誇らしいです!では建物を見ていきましょう。

 

 

 

 


 

 

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耐震補強と鑑賞を両立した「ガラスボックス」

 

 

明治5年建設の西置繭所。2階は繭の貯蔵庫で、1階の北半分は元々は石炭置き場でレンガ壁はなかった。

 

 

岡野さん:工事の前後で外観が変わった部分があります。ガラス戸が見える1階の部分です。

 

― そういえば、以前は1階もすべてレンガの壁でした。

 

岡野さん:昭和58年に群馬で開催されたあかぎ国体に合わせて、当時の所有者である片倉工業さんが、新しいレンガを積んで外観を整えました。それは工場の生産システムの変遷とは関係がないため、新しく積まれたレンガを外して、内側に残っていたオリジナルのガラス戸を現して完成としました。塗装の色は、昭和49年頃の塗装の成分を調べて再現した色です。

 

― 昭和49年頃の姿に戻ったと。なぜその年が選ばれたのでしょうか?

 

岡野さん:「昭和49年」というのは、富岡製糸場が操業していた115年間の歴史の中で、生糸の生産量が最も多かった年です。明治5年の姿を残しつつ、生産システムの最終形である昭和後期の姿を伝えられるように、昭和49年頃を修復年としました。

 

― なるほど。「明治5年」にばかり注目してしまいますが、そこからの長い歴史を伝える建物ですからね。

 

岡野さん:また、屋根は総葺き替えを行いましたが、元々使われていた瓦のうち6割を再利用しています。こちらから見えている東面は全て再利用した古い瓦で、新しい瓦は反対側の屋根に使われているんですよ。

 

― 瓦を一枚一枚丁寧にはがして、調査して、洗浄して、野地板の修理をしてからまた古い瓦をのせて…と、気が遠くなるような作業が行われたわけですね。

では建物の中を見ていきましょう。おっと!?この天井、剥がれてますけど大丈夫ですか?

 

 

エントランススペースで天井を見上げると…

 

 

岡野さん:天井を漆喰で仕上げるこの方法は幕末以降に西洋から入ったやり方で、本来は下地の板の間隔を開け、漆喰が板の間に入りこむことで仕上がりを安定させるというものです。ですがこれを見ると、板の間隔がありませんよね。職人さんが仕組みを理解せずに施工したため、漆喰が剥がれ落ちてしまっています。これは建設時の苦労や工夫を示す貴重な歴史資料として、あえてこのまま残しています。

ただ、文化財としての価値を守りながらも活用を積極的に行うためには、使う人の安全性を確保しなければなりません。そのため、低い位置にあるネットとピタッと張られたネットの二重のネットで養生をして、漆喰が落ちるのを抑えています。またガラスボックスは、それ自体がシェルターの役割をしています。

 

― ガラスボックス!建物の中にすっぽりと入っている、ガラスに囲まれた部屋のことですね。私たちはその中に入って建物を見たり展示を見たりするという…今までにない感覚です。

 

 

補強のための鉄骨を骨組みとして壁と天井をガラスで囲った部屋(ギャラリー)。

 

ガラスボックスの天井には強化ガラスを使用。

 

有料貸出しを行っている多目的ホール。トイレや控室もガラスボックスの中に作られた。

 

ガラス越しに見える新聞紙は、昭和初期にホコリや湿気を防ぐために内側の漆喰壁に貼られたもの

 

床にある穴は空調の吹き出し口。

 

 

岡野さん:ガラスボックスの設置により空調を効かせる空間をボックス内に限定できるので、文化財への影響を小さくすることができます。空調設備はボックスの床下を活用していて、見学者は空調機器を視界に入れずに国宝の空間を体感いただけます。

 

― この方法なら、天井、壁、床をオリジナルのまま残すことができて、それらを快適な気温の中で安全に鑑賞することができますね。しかもこのガラスボックスは補強用の鉄骨を骨組みとしているので、建物の耐震補強の役割を持っているんですよね?

 

新井さん:ガラスに耐震補強の力があるなんて、私も初めはびっくりしましたが、実際はかなりの強度があるようです。横揺れで壊れないよう、鉄骨でしっかり補強してありますね。

 

 

 


 

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まだまだある!1階のこだわりポイント

 

 

補強材が太いと雰囲気を損ねる恐れがあるため、2本で1対となる細い鉄骨にした。

 

鉄骨は塗装にもこだわっている。

 

 

 

鉄骨を通すために床板に開けた穴は、大工さんの技術により必要最小限の面積に抑えられている。

 

一度すべて解体修理し組み直した1階の床。補修も最小限に抑えられている。

 

補強鉄骨柱の形に切り取られた床材に、職人の技を感じる。(2階に展示中)

 

 

 

解説板のテクスチャーは2階の繭の保管庫で使われている亜鉛鉄板をイメージし、全体の雰囲気の統一を図っている。

 

ギャラリーの解説板

 

2階の亜鉛鉄板

 

 

 

照明デザイナーによる柱の照明が、南北に104mある建物の奥行きを強調している。

 

照明デザインは「2021年照明デザイン賞」優秀賞を受賞。

 

 

 

文化財に大きな変更を加えることはできないが、床と天井に元々空いていた空間を利用することで、バリアフリー対応のエレベーターを設置することができた。

 

かつて繭袋用のリフトがあった場所を利用している。

 

 

 

機械室の壁面を有効利用して展示している年表は、関係者がエネルギーを投入した力作!

 

 

岡野さん:この年表は大きな文字を読むだけでも流れがわかるようになっています。できるだけグラフィカルにして、動画も入れました。

 

― 年表って文字ばかりで読む気になれないものが多いですが、この年表はとても工夫されていて、目で追うと楽しいので大好きです!

 

岡野さん:展示設計を担当したデザイナーさんなどと時間をかけて検討を重ねて作ったものなので、そう言っていただけると嬉しいです。

 

新井さん:やはり時間をかけるというのは大切なことですね。文化財の場合は部材のひとつひとつに番号を付けて調査をし、「何を残すのか」「どう保存するのか」を考えながら進めていくので、必ず時間がかかります。その中で「どう見せていくのか」というところまで一貫してやれたのは、本当に良かったと思います。

 

 

 


 

 

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1階と2階で異なる耐震補強

 

 

大規模な貯繭空間を体感できる2階。繭の乾燥・保存方法の変化に合わせ、窓を塞ぐなどの改造が行われてきた。

 

 

岡野さん:1階の天井をオリジナルのまま残し、また2階は繭倉庫としての様子をできるだけ残したかったこともあり、1階と2階では補強の方法が異なります。2階は既存の軸部に沿って木製フレームをつけ加え、鉄骨ではなく、炭素繊維のより線(複数の線を捻ったもの)で筋交いを入れています。

 

 

 

 

― 炭素繊維の補強材は富岡倉庫でも使われていますよね!(詳しくは過去記事へ)

 

新井さん:そうです。鉄よりも強度があり、軽量で、温度変化もしない素材ですね。

 

岡野さん:富岡倉庫では生糸をイメージしてより線の色を白くしていますが、こちらでは目立たない黒にして、繭倉庫の雰囲気を損ねないようにしています。

また、新しい部材である木製フレームには焼印をつけ、50年後100年後に修理する際にすぐにわかるようにしています。

 

 

新しい木製フレームには「〇〇年補加」と記されている。

 

 

岡野さん:レンガ積み壁の補強は、外側から目地のところにアラミド繊維の棒を入れて補強しています。

 

新井さん:そんな棒で耐震補強ができるの?って思うかもしれないけれど、ちゃんと実証実験を行っていますからね。ここで得られた新しい知見が、また別の場所で役に立ってくれるといいなと思います。

外から改めて壁を見てみると、補強材が入っている部分は石灰モルタルで仕上げているので、目地の色が違いますね。

 

 

白っぽい目地の中に補強材が埋め込まれている。

 

 

― 確かに色が違いますね。ところで今私たちが立っている2階のベランダ、床が抜けるんじゃないかと心配になるんですが…

 

岡野さん:ベランダは、屋根や1階の床と同様に、全て解体して修理しています。使っていた板を修理してから組み直しているため、昔のままのように見えますが、大丈夫ですよ。

 

― ほっ。これからは安心して景色を楽しめます。

 

 

シートの上を歩きましょう。

 

 

 

 


 

 

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歴史を語る大切な痕跡

 

 

岡野さん:2階の壁には、官営時代にここで働いていた人の名前が残っているんですよ。

 

― えっ!これって明治時代に書かれた落書きですか!?

 

 

作業チームなのか、「四人組」という文字がある。

 

 

岡野さん:他にも、昭和時代に書かれた名前や、繭袋の数のメモ書き、台車で擦った傷など、いろんな痕跡が漆喰壁などの至る所に残されています。そういった労働の記録は産業遺産として大切なので、漆喰を塗り直すことなく残しています。

 

― 本当に150年も前からここで大勢の人たちが働いていたんだな…と、不思議な気持ちになりました。富岡製糸場全体が、この先も良い状態で残っていって欲しいです。そのためには、たくさんの人に来てもらって、知ってもらわないとですね!

 

岡野さん:見どころは徐々に増えていますし、富岡市民の方は無料で入場できますので、ぜひいらしてください。スマホにダウンロードして聞ける無料の音声ガイドのご利用がおすすめです。

 

 

西置繭所の無料音声ガイドには、見どころを詳しく解説してくれるメインガイドと、浪曲ガイドがある。

 

 

 


 

 

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西置繭所の工事の記録やお知らせは公式サイトへ!

 

 

西置繭所の保存修理工事と整備活用工事がどのように行われたのかを詳しく知りたい方は、富岡製糸場の公式サイトで 保存修理・整備活用 のページをご覧ください。たくさんの写真とともに、順を追って詳しく書かれています。

 

また西置繭所の多目的ホールでは、展覧会やコンサート、セレモニー、シンポジウムなど、様々な催しが開かれています。イベントのお知らせは公式サイトのトップページをご覧ください。

 

⇒ 富岡製糸場|しるくるとみおか 富岡市観光ホームページ

 

 

 


 

 

 

何度も訪れているつもりでも、まだまだ知らないことがたくさんあると思い知らされた今回の取材。後日、無料音声ガイドを聞きながら見学をしてみると、また新しい発見がありました。

 

「まだ一度も行ったことがないなぁ」というみなさん、

「もう4年以上行ってないや」というみなさん、

西置繭所の公開で見どころがぐんと増えた富岡製糸場に行って、150年の歴史と新たな可能性を感じてみませんか?

 

 

(ナカヤマ)

 

 


 

 

 

ここがすごいよ富岡の建物《第5回》富岡倉庫(セカイト・おかって市場)