富岡市内の建築物について素人目線で学ぶシリーズの第4弾は、市内はもちろん県外からも多くの人が訪れるこちらの施設、『群馬県立自然史博物館』と『かぶら文化ホール』です。
自然史博物館は私も大好きな場所で、何度も足を運んでいます。
かぶら文化ホールは発表会や成人式などの会場として、富岡っ子にとっては馴染み深い場所なのではないでしょうか。
案内役は今回も、公共建築の裏側を知る人、新井久敏さんです。新井さんにとっても、ここは特別な建物なんだとか…?
それでは行ってみましょう!
・新井久敏 氏 プロフィール
富岡市在住。群馬県庁職員として建築行政に関わる傍ら、90年代後半から公共建築のコンペの企画を支援。携わった企画は26にもおよぶ。その業績は高く評価され、日本建築学会賞(業績)、土木学会デザイン賞優秀賞、これからの建築士賞を受賞。現在は富岡土木事務所嘱託職員。
第4回 群馬県立自然史博物館・かぶら文化ホール
平成8年開館。設計は内井昭蔵建築設計事務所。屋外展示の巨大カブトムシは、記念撮影スポットとして人気だ。
― 富岡市に自慢できるところはいろいろありますが、「群馬県立自然史博物館がある」というのは、個人的にかなり上位に入っています。でも、なぜ高崎や前橋ではなく、富岡にあるのでしょうか?
新井:一之宮貫前神社の参道脇に、白い建物(旧一ノ宮町役場庁舎・現シルバー人材センター)があるのはわかりますか?以前はあそこが「群馬県立博物館」だったんですよ。
― え!あの建物が博物館だった時代があるんですか。
新井:その「群馬県立博物館」は、「群馬県立歴史博物館(昭和54年開館)」が群馬の森に建つ際に展示内容と名称が変わり、「群馬県立自然科学資料館」になりました。それが群馬県立自然史博物館の始まりです。
― 自然史博物館の前身となる博物館が、もともと富岡市の一ノ宮にあったんですね。
ところで、博物館とホールは建物がつながっていますが、博物館は県の施設で、ホールは市の施設になるんですか?
新井:かぶら文化ホールの正式名称は、「群馬県立自然史博物館附帯ホール」と言います。施設自体は県のもので、ホールの指定管理者に富岡市が選ばれているという形です。
― なるほど、スッキリしました。では建物の外から見ていきましょう。
土の建築
博物館側から見た壁。ホール側も同様に、地層を表している。
― まず、外壁からして個性的ですよね。斜めですし、上部まで石が埋め込まれていて圧倒されます。
新井:屋根の形状や地層のような壁は、この場所に元々あった地形を表現しています。建物裏の小高くなっている森から、ひと続きになっているように見えませんか?
― 確かにそうやって意識して見ると、建物が立つ前はここが山だったんだろうなと想像できますね。建物に入る=土の中に入ると考えると、いつも以上にワクワクします!
バス駐車場からのアプローチ。19億年前の岩石などが展示されている。
地球誕生の時代へタイムトラベル!
常設展入口。生命の進化をさかのぼる模型を見ながら進んでいくと、ビッグバンにたどり着く。
新井:この入口に足を踏み入れると「おぉ!」という感じになるでしょう。天井をあえて低くしてトンネル状にすることで、歴史の世界へといざなう演出をしているんです。
― 現実の世界から、歴史とロマンの世界に。短い通路ですが、ここを歩く間にスイッチが切り替わりますね。ドラえもんのタイムマシンに乗っているような気分です。
そしてトンネルを抜けると膨大な数の展示物が。ひとつひとつしっかり見ていくと、なかなか前に進めません…。
地球の生い立ちと生命の歩みの展示。この時点で私はリピーターになることを確信した。
新井:数々の博物館を手がけているデザイン会社がこれを見て、「こんなに密度が濃い博物館は初めてだ」と言ったそうです。あれもこれも見て欲しい、リピーターになって欲しい、という学芸員の気持ちが表れています。
― お次はガラス張りの床下展示。スリルがあって盛り上がります!これは建築的にはどうなんですか?
ガラス張りの床下にはトリケラトプス発掘現場の実寸再現ジオラマが。君は歩けるか!?
新井:特別なことはなくて、建物の床下はみんなこうなってます。深いか浅いかは別にして。
― ふむふむ。そしてここから先は、頭上に注目!ですね。
屋内で自然の再現を可能にした空間
実物大のティランノサウルスの動く模型や、ブラキオサウルスの骨格標本などがずらりと並ぶ。
― 巨大な展示物がたくさん!でも圧迫感が全くなくて、恐竜たちものびのびと過ごしているように見えます。
新井:この博物館の主目的のひとつが、恐竜の骨格標本を主にして展示を作るということでした。だからこの建物は、大きなものを展示することに合わせて考えられています。
梁を見ると、なんとなく背骨の様な感じにも見えますよね。それも骨格標本を意識した構造なんです。
二階からは恐竜の頭部を間近に見ることができる。
新井:でも、コンクリートでこれだけの距離を飛ばすのは難しいんですよ。普通に考えれば、重みで梁の真ん中が下がってくるでしょう。
それをなんとか補強しようとすると、鉄筋を増やして太くする→太くなると重くなる…という悪循環に陥りますが、これは、中の鉄筋を引っ張りながらコンクリートを固めた「プレストレストコンクリート(PC)」を使っています。
鉄筋が縮む力がコンクリートにかかることで、ひび割れも出にくいし、下に沈む力にも抵抗するんです。
PC構造物で身近なものには、橋があります。橋の場合はだいたい工場で作ったコンクリートを持って来て繋ぎますが、この建物の梁は大きすぎて工場では作れないので、現場でコンクリートを打ったんですよ。
― そういった技術のおかげで広々とした空間が作られているんですね。壁が土色ということもあり、展示物が空間に溶け込んでいて、ブナ林のジオラマに足を踏み入れると本当に山にいるような気分になります。
武尊山のブナ林を再現したジオラマにはたくさんの動物が隠れている。探してみよう!
新井:2階には、外の景色が見える、ちょっといい場所があるんですよ。
― ここ!ガラス張りで山が見えて、私も好きな場所です!2階のトイレを利用した人だけが見つけられる穴場ですよね。
「ダーウィンの部屋」の隣にあるトイレの通路。季節ごとに変わる木々の色が楽しめる。
設計者の並々ならぬ熱意
新井:この建物を設計する際に設計事務所の担当者は、「建物が展示の一翼を担うような形にしたい」と、様々な提案をしました。博物館側からは「それは必要ない」とことごとく一蹴されるんですが、それでもめげずに毎回新しい提案を持って来るんです。博物館までのアプローチも他の形にしたいとか、モミジを活かしたいとか、裏山の給水タンクを隠す提案まで…とにかく熱意が凄かったんですよ。
そこで担当者に「なぜそこまで一生懸命やるんですか?」と聞いたんです。すると「いいものを作りたいんです。それが代表(建築家の内井昭蔵)の教えなので。」と返ってきたんです。
その時に私は、個人の建築家が主宰する建築設計事務所の凄さを知り、モノを作る側として「優秀な設計者で、いい建築物を作るべきだ」と考えるようになったんです。あの担当者の熱意は、今でも私の活動の原動力になっています。
― 新井さんが手がけた公共建築の数々は、この建物がなかったら存在していなかったかも…!?
広い中庭をぐるりと囲む回廊は休憩にぴったり。秋には桂の木の落葉が甘く香る。
【企画展のお知らせ】
第62回企画展『空にいどんだ勇者たち』が、2020年7月1日〜12月6日まで開催されます。
当面の間、時間指定、人数制限による事前予約制・入替制となりますので、博物館のホームページをご確認の上、来館を希望する前日までにお申し込みください。(団体でのご予約は、当面の間ご遠慮ください。)
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愛され続けるホールに
かぶら文化ホールのホワイエ(ロビー)。曲線が美しい。
― 続いて、かぶら文化ホールの方を見ていきたいと思います。色合いは自然史博物館と同じで、広くはないですが、自然光が入るのがいいですね。
新井:設計前に、博物館をどのようにするかという議論はされていましたが、ホールに関しては何も議論されていませんでした。ですがここでも「中途半端なものは作らない」という設計者の熱意があって、このようなホールができました。
オーケストラピットや反響板を備えたホール。(この日は年3回の反響板の点検作業中)
新井:予算の縮小があったため、ホワイエが狭かったり、楽屋が少ないという難点はあります。ただ、舞台機構を削ることはしなかったので、今でも音響に定評のあるホールとして知られているんです。
― 群馬交響楽団の演奏会や、有名歌手のコンサートもよく行われていますよね。地方なのにすごいなぁと思っていました。
それにしても客席からステージがよく見えますね。こんなに間近で好きなアーティストに会えたら、嬉しくてたまらないですよ!
席数は1,100席。舞台上からも観客一人ひとりの顔がはっきり見える。
一番後ろの席でもステージがとても近く感じる。どこに座っても特等席!
もしもの時の親子室
1階席後部扉の近くにある親子室。
― ん?「親子室」って何ですか?
担当者:催し物の最中にお子さんが泣き出してしまうなどして、やむなく退席した場合に、小さなお子さんと一緒にステージを鑑賞することができる部屋です。音はスピーカーから流れてくるので、問題なく楽しめます。ただ、泣き声や大きな声は客席に漏れてしまいますのでご注意ください。
室内では靴を脱いで鑑賞することができる。走ったり騒いだりしないでね!
― 子どもが途中でぐずってしまうかも…と観覧を諦めていた人には、なんと嬉しい情報!あくまで緊急用のお部屋ということなので、譲り合って使いたいですね。
今年はコロナの影響で様々な事業が中止になってしまいましたが、年間を通して様々な催しが行われているかぶら文化ホールを、今後もチェックしていきたいと思います!
(ナカヤマ)