富岡市の暮らしと移住のWEBマガジン
まゆといと

2026.01.23 地域で働く

一之宮貫前神社 宮司 茂木 琢さん

新しい年が始まりましたね。皆さんはどんなお正月を過ごしましたか?家族やお友達と初詣に行きましたか?

 

私は毎年、上毛かるたに登場する「ゆかりは古し 貫前神社」の一之宮貫前神社へ初詣に行きます。貫前神社は初詣だけでなく、お子さんのお宮参りや七五三祝い、受験の合格祈願などにお参りする神社として、富岡市民には身近な存在ですよね。

 

今回は、その貫前神社で宮司を務める 茂木 琢さん をご紹介します。

 

茂木さんは富岡市出身で、高校卒業後は國學院大学へ進み、神職を目指して学ばれました。大学卒業後に貫前神社へ奉職され、権禰宜(ごんねぎ)、禰宜(ねぎ)を経て、令和7年7月から宮司として奉仕されています。

 

あまり知られることのない神職・宮司というお仕事。そして、長く貫前神社へ奉仕する中で感じている伝統文化継承への思いなどを伺いました。

 

 

西暦531年創建『一之宮貫前神社』

 

 

 


 

 

 

優しい祖父との思い出と「宮司」となって思うこと

 

 

― 神職という職業を選ばれたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

 

茂木さん:私としては自然な流れでした。貫前神社の三代前の三嶋通雄宮司は私の祖父にあたり、その次の三嶋正宮司は私の叔父になります。ですので子どもの頃から祖父や叔父の神職としての姿を見てきましたし、お正月だけでなく普段から神社へ来ていたこともあって、自然とその道へ進む意志が生まれました。高校卒業後の進路に神職になるための大学を選んだ時も、家族や周りからの反対はなく、自然と受け入れてもらえましたね。

 

― おじいさまが宮司さんだったのですね。

 

茂木さん:祖父はとにかく優しい人でした。子どもの頃は“神社へ行く”と言うよりも、“おじいちゃんの家へ遊びに行く”という感覚でしたね。小学校の高学年にもなると、お正月に遊びに行った時には忙しそうな大人に混ざり、雑用のような事をしてお手伝いをするようになりました。それが楽しかったんです。

 

― 神職を目指したきっかけは、優しいおじいさまとの思い出に繋がっていたのですね。

 

 

鳥居から本殿まで下って行く、全国でも珍しい「下り宮」の神社です。

 

 

― 神社ではご祈祷や祭事などを行っている姿をお見掛けしますが、それ以外ではどのようなお仕事をされているのでしょうか?

 

茂木さん:神社を会社で例えるなら、その会社の社長を務めるのが「宮司」です。代表となる宮司は、神社の年間の祭事などを進める長として関わり、その祭事に必要な事務作業をします。また、神社全体の経営に関する事務仕事もしています。どちらを怠っても神社として成り立たないので、常に同時進行ですね。宮司になる前は「禰宜」という役職でしたが、会社で言えば専務のような、宮司をサポートする役割でした。

 

― 大学卒業後にすぐに貫前神社に奉職されたのですか?

 

茂木さん:そうですね、奉職して初めは権禰宜として10年、その次に禰宜として17年。もう27年になります。

 

 

本殿・拝殿・楼門は国の重要文化財に指定されています。

 

 

― 長くいらっしゃるからこそ感じる変化や、宮司となって改めて思うことは何かありますか?

 

茂木さん:私が来た27年前と比べると、年間の参拝者は徐々に増えています。ただ初詣の参拝者は減っていますね。以前は初詣は三が日に参拝する人が多くいましたが、最近では1月中に初詣に行くという傾向なんでしょうか。その辺りは多少の変化を感じます。他にも以前との違いを感じるところがありますが、そういった変化を受け入れるのか、受け入れないのかという取捨選択をしています。

ハードとソフトと捉えると、ハード面では「神社の祭事は絶対に変えない、変えてはいけない」と考えています。例えば、貫前神社には12年に一度の『式年遷宮祭』という祭事がありますが、これは絶対に変えずに引き継いで行かなければなりません。ソフト面では、人が関わる部分で、SNSなどで多くの方と繋がる必要性があるのかどうかと考えているところです。SNS発信をされている神社さんが多くいらっしゃって、時代の変化を感じています。

 

 

 


 

 

地域の繋がりと神職同士の繋がりで続く歴史

 

 

樹齢1000年とも言われているスダジイは県の天然記念物に指定されています。

 

 

― お話のあった『式年遷宮祭』は大きな祭事として有名ですが、次に行われるのはいつになりますか?

 

式年遷宮祭⋯神社の社殿を新しく造営し、神様を新しい社殿にお遷しする際に行われる一連の神事。群馬県内ではこの貫前神社だけで行われています。

 

茂木さん:申年に行われますので、次は令和10年です。申年の12月に神様がお出ましになって、酉年の3月にお戻りになります。遷宮祭は子どもの頃から見ていましたが、次は神職となって3回目。権禰宜や禰宜など、立場によって祭事との関わり方が変わりますので、次回は宮司として関わることになります。禰宜の時に行われた遷宮祭では、祭事全般に関わっていたので、本当に大変でした。

 

― 12年に一度となると、記憶に留めておくことも難しそうですね。

 

茂木さん:遷宮祭は、火消行列や梯子乗りの方々、氏子さんなど、地域との連携が多く、神社だけでは成り立たない習わしとなっています。前回から12年経っていると、地域の方々も世代交代があったりと、前回と同じように進めようと思うと難しいと感じる場面もあります。それでも長い歴史が途絶えてしまってはいけませんから、昔からのやり方で受け継いでいきます。

どんな祭事でも、一度やめてしまったら復活することは本当に難しいので、しっかりと引き継いでいかなければなりません。

 

 

前回の遷宮祭での梯子乗りの様子。神社の祭事には地域の方々や区長さんの協力が欠かせない」と茂木宮司。

 

 

― その他にも貫前神社は年間の祭事の数が多いそうですね。

 

茂木さん:一年の中でも貫前神社は1月と12月が忙しい時期になります。冬至に向かって日照時間が減ると、太陽の力が下がっていきます。日本のお祭りは、そういった時期に心を震わせるような祭事が多いんです。1月は初詣、2月には1年の収穫を神様に祈願する祭事や節分。3月には例大祭などが続き、暑くなる頃は祭事は少なく、秋になるとその年の収穫に対して感謝する新嘗祭、12月は御戸開祭などと様々な祭事が多く続きます。忙しい時には他の神社の神職も手伝いに来てくれるので助かっています。

 

 

焼いた錐で鹿の肩甲骨に穴をあけ、そのひびの具合で吉凶を占う12月の神事「鹿占神事(しかうらのしんじ)」で使用された骨。

 

 

― 他の神社の神職さんとの繋がりがあるのですか?

 

茂木さん:富岡市と甘楽郡を合わせた地域には75の神社があり、宮司は12人います。ですので、その12人で地域の神社を兼務して守っていかなければなりません。私が奉仕するのはこの神社だけですが、そういった繋がりもあって、祭事の時にはお手伝いに来てくれるんです。

 

― この地域にそんな多くの神社があるとは知りませんでした。神職同士の繋がりによって守られているのですね。

 

茂木さん:私もお手伝いに行くこともありますが、他の神社への奉仕はとてもいい経験になりますし、神職として勉強になります。

遷宮祭には富岡甘楽だけでなく、県内で奉職されている宮司の方々が30人〜40人くらい来てくれます。やはり遷宮祭は珍しい祭事ですので、体験したいと快く引き受けてくれる宮司や、歴代の繋がりもあってお手伝いに来てくれる宮司もいて、嬉しいですね。

 

― 神職は特殊なお仕事だと思っていましたが、そのお話を聞いて親近感を感じました。

 

茂木さん:神職といっても人とのお付き合いですから、皆さんと一緒でコミュニケーションを大切にしています。私は今は神職として生活しておりますが、両親は兼業農家で、一般家庭で育ちました。なので皆さんと同じように、休みの日には漫画を読んだり、ゲームをしたり、SNSで情報をチェックしたりしていますよ。いわゆる“普通のおじさん”です(笑)。

 

 

とても気さくにお話ししてくださる、柔らかい印象の茂木宮司。神社へ向かう日の朝は、身体を浄めてから出社しているそうです。

 

 

― ところで貫前神社は四季折々の景色が豊かですが、茂木さんが好きな季節や風景はありますか?

 

茂木さん:桜も綺麗ですが、新緑へ移り変わる時もワクワクします。5月の新緑の時期に上の門から御殿を見下ろすと、萌え出る若葉の緑色と赤色の色彩が綺麗で、社殿が光っているように見えてかっこいいですね。また、正面の大鳥居から稲含山や荒船山を見るのも好きです。

 

 

新緑の頃を想像するとわくわくしますね。

 

 

季節ごとに山々の表情が変わります。ここからの眺めはいつ見ても楽しめますよ。

 

 

 

一之宮貫前神社 Instagram

 

 

 

 


 

 

祖父である三嶋通雄宮司は鹿児島県出身で、貫前神社の宮司となるまでは過酷な運命をたどってきたそうです。そして今、孫である茂木さんが宮司となって神社の歴史を守っていることに、不思議な縁を感じます。

 

今回、茂木さんのお話から、歴史を守り続けていくことの重みを改めて知ることができました。何かと省略されがちな現代の営みの中で、変わることなく守られていく神社の歴史。そこには大変なご苦労もあると思いますが、これからも私たち富岡市民の心の拠りどころとして在り続けてほしいと願っています。

 

(カネコ)

 

 


 

 

おでかけしようよ!ふらっとTOMIOKA 〜一ノ宮さんぽ〜

雷電神社の歴史を探る!