富岡市の暮らしと移住のWEBマガジン
まゆといと

2024.10.11 地域で働く

「シルクで群馬を元気にしたい」 前原 和夫さん

8月のある日のこと。暑さにうんざりしながら富岡製糸場に向かって歩いていると、道路に水を撒きながら元気に挨拶をしてくれる人の姿がありました。

連日の猛暑で出歩く人も少なく、街全体が静かになっていた時だったので、その声にとても救われた気持ちになったことを覚えています。

 

 

元気に挨拶をしくれた人の正体は、シルク製品専門ショップ『絹のヒロイン』の店主さんと店長さんのお二人。

店主さんに関しては “ぐんまちゃんの着ぐるみ帽子を被っていた人” と言えば、「あの人だ!」と思い出す人もいるかもしれませんね。

 

 


ブルーの男性が店主さんで、オレンジの女性は店長さん。お二人は姉弟なのだそう。

 

 

2016年12月に富岡製糸場の200m東にオープンした『絹のヒロイン』は、2024年3月、富岡製糸場の目の前(おぎのや跡)に移転しました。

コロナ禍を乗り越え、店舗面積を拡大するのは簡単なことではないと、製糸場周辺の移り変わりを見てきた人ならばわかると思います。

 

 

いつも元気にお客さんに声をかけ続けるその「商売への熱意」は、一体どこから来ているんだろう??

気になった私は、店主の前原和夫さんにお話を聞くことにしました。

 

 

 

【前原 和夫(まえはら かずお)さん】

大胡町生まれ。株式会社YMエージェンシー代表取締役。富岡市産シルクを使用した商品を開発し、洗顔ブラシや石鹸のブランド『絹の華』、シルクブレードハットの『ICHIRYU』を手掛ける。愛称は「シルク王子」「かっちゃん」。富岡かぶらロータリークラブ所属。富岡ユネスコ協会理事。

 

 

 


 

 

商売の魅力を知って東京へ…激動の20年

 

 

― 富岡でお店を始める前はどんなお仕事をされていたのでしょうか。

 

前原さん:もともとバイクや車が好きだったので、高卒で大手自動車メーカーに入社して整備士をしていました。そこで自動車保険の販売で売上ナンバーワンになった私は、整備士を辞めて宝石を売り歩く仕事に転身します。最初は全く売れませんでしたが、営業というものを一生懸命学び、気づけば高級車を2台所有するまでになっていました。

しかしバブルが崩壊して宝石が売れなくなった頃、投資話に乗ってしまい…その結果、大損して車も売り払いました。そんな時、宝石店を経営するとても優しい社長に出会い、新店舗を任せてもらえることになったんです。

 

― 捨てる神あれば拾う神あり。社長は前原さんの営業力を見抜いたんですね。

 

前原さん:でもそこでまた人生が狂うんです。仕事関係の人から「東京でいい話があるから来ないか?」と誘われ続け、せっかく頂いた好条件の宝石店を辞めて東京に行きました。でも実際は誘い文句は嘘だらけで、そこからは地獄の日々でしたね…。

東京の会社では健康食品の反響営業販売をしました。半年間は苦戦しましたが、健康食品や成分の勉強をして頑張って商品を売り、ある時「契約率100%の男」と呼ばれるようになったんです。しかしどれだけ売っても給料や待遇に反映されず、退社することに。ただ、契約率100%の話は知れ渡っていたので、また別の会社から声がかりました。

 

 

持ち前のトーク術で観光客が次々と足を止める。簡単な中国語も話せるそう。

 

 

前原さん:次の会社ではまず、エステサロンの開業を任されました。女性スタッフと一緒に研修を受けたりして、化粧品の事はこの時ものすごく勉強しましたね。そうしてしばらく経つと、今度は通信販売事業の責任者に任命されました。

当時はシンプルスキンケアというのが流行りだした頃で、私たちは石けんの通信販売を行っていました。この石けんがものすごく良くて、私も「石けんひとつでこんなにも肌が変わるんだ!」と驚かされました。

 

― 徐々に今の前原さんのお仕事に近づいてきた気がします。

 

前原さん:その後もいろいろとありまして、周囲の方々からの勧めで独立起業したのが33歳の時です。自分の会社では化粧品と健康食品の通信販売を行い、事業は成功して会社はどんどん大きくなっていきました。中国にも会社を設立しましたね。しかし会社が増えることで目が行き届かなくなり、トラブルも増え、自分自身の気持ちも疲弊してしまいました。

そして38歳の時に経営譲渡を行い、身を引くと言えば聞こえがいいですが…脱落したんです。

 

― なんて濃い20年…。あまりに激動の人生で驚きましたが、その経験のひとつひとつが今の前原さんを作っているんだなと納得できました。

 

 

 


 

 

「群馬を元気にする」という決意

 

 

絹のヒロイン店内。富岡市産シルクを使用した商品がずらりと並ぶ。

 

 

― 激動の20年のその後を教えてください。

 

前原さん:会社を離れた後も体調がすぐれなかったため、家族を東京に残し、一旦群馬の実家に帰ってきました。前橋に買い物に行くと中央銀座通りはもう廃れていて、私が前橋工業高校時代に遊んでいた街とは大違いでしたね。高崎も同じで。それを見た時に、「群馬のために自分の力を使えないだろうか」と思ったんです。おこがましいのですが(笑)。

得意としてきた通信販売で群馬の商品を売るなら、群馬のためにもなる!だとしたら何がいいだろう?と悩んでいると、化粧品企画会社の社長に「群馬といえばシルクだろう」と言われました。そこで過去の経験を思い出し、「あのシンプルスキンケアの石けんが本当に良かったな〜。よし!シルクで石けんを作ろう!それを通信販売で売ろう!」と考えました。

まず群馬県産のシルクを手に入れるため『群馬県立日本絹の里』に行って聞いてみたところ、「シルクなら富岡市が富岡製糸場の世界遺産登録を目指して頑張っているから、そちらで聞いたらどうか」と言われ、2009年に初めて富岡製糸場にやって来ました。

 

― そこで富岡とつながるんですね!

 

前原さん:紹介されたシルクパウダーの製造メーカーへ何度も足を運び、なんとか手に入れた富岡市産のシルクパウダーで試作を重ね、2010年にシルク石けんを完成させました。そして東京を拠点にして通信販売を始めたものの、最初の4年間は売れませんでしたね。資本金も底をつき、社員も減り、事業終了か…というところまで行きました。

すると2014年6月、富岡製糸場が世界遺産に登録されてニュースになったんです。「これは拠点を群馬に移して一からやり直すしかない!」と、一人で富岡にやってきました。

最初は、商品を置いていたお店で実演販売をさせてもらっていました。でも石けんだけでは“弱い”と感じ、ブラシ屋さんにお願いをして、シルクを使ったオリジナルの洗顔ブラシを作ってもらったんです。それで石けんと洗顔ブラシのセット販売を始めてみたところ、通販も、置かせてもらっていた商品も売れるようになってきました。

 

 

「洗顔には摩擦が大敵。手で洗うよりブラシを使ってみて」と実演する前原さん。

 

 

― ぐんまちゃんの着ぐるみ帽子を被って実演販売をする姿が印象的でした。

 

前原さん:当時あったお土産屋さんの人たちと「ゆるキャラグランプリを盛り上げよう!」と始めたことなんですが、自分だけ5年間も被り続けていましたね(笑)。それで覚えてもらえたというのもあるかもしれません。

 

 

 


 

 

『絹のヒロイン』への想い

 

 

― 少しずつ前進し、富岡に拠点を移した2年後に『絹のヒロイン』がオープンしたんですね。お姉さんと一緒にお仕事をするようになったのはその頃でしょうか。

 

前原さん:実は私が群馬に帰ってきた後に母親の膵臓がんが判明し、そこから3ヶ月で旅立ってしまったんです。この悲しみは私も姉も本当にきつかったです。お店をオープンしたのはその翌年なんですが、姉も悲しみが癒えないままだったので、最初はお手伝いでお店に来てもらっていました。姉は細やかなところによく気付き、掃除が得意で、人と話すのも好きなので、お店で働くのが当たり前になっていきました。

ちなみにお店の名前ですが、富岡製糸場で活躍したのも「工女さん」で女性ですよね。つまりヒロイン。女性がより美しくなるシルクスキンケア商品がテーマなので、『絹のヒロイン』と名付けました。

 

 

店内にはジェラートや蒸かしまんを食べたり、フルーツティーや地酒を味わえる飲食スペースもある

 

 

― お店には飲食スペースも併設されていて、富岡製糸場を訪れる人たちのオアシスにもなっていますね。

 

前原さん:飲食もやっているのは、観光客が減っていく中でお店を維持するためにできることは何か、お客さんは何を求めているのか、それを追い求めた結果です。お店を広げてうまくやってるなと思われるかもしれないけれど、なんとか歯を食いしばって続けている状態なんですよ。

それと、『絹のヒロイン』は絶対につぶせないって思うことがあるんです。名前の由来は「工女さん」ではあるんですが、実は母の名前が「前原ヒロイ」というんです。店の名前を決定する際に、「ヒロイン」の中には「ヒロイ」さんがいるから頑張れるかなと。母も一緒に仕事をしていると思って、姉弟2人は頑張れているのかもしれませんね。

 

 

 


 

 

お客さんが求めることを追い続け もっと明るい商店街へ

 

 

絹のヒロインには、ブラシや石けん同様にこだわりが詰まったシルク製品「シルクブレードハット」のギャラリーも併設されています。※ギャラリー見学は要予約

 

暑い夏の日にやって来たお客さんの一言をきっかけに、シルク専門ショップならではの帽子を作ったという前原さん。そのストーリーもとても惹き込まれるので、ぜひホームページでご覧ください。

 

ICHIRYU ホームページ

 

 

富岡市産の繭から作られた世界にひとつの帽子はプレゼントに人気(レディースもあります)

 

 

2階にはまだ使われていないスペースがある『絹のヒロイン』。これから新しいことが始まるかもしれませんね。今後の展開もお楽しみに!

 

 

最後に、前原さんが今後やっていきたいことについて伺いました。

 

前原さん:今、商店街の方々と一緒に、製糸場周辺を明るくするための活動を進めているところです。工女さんの「紅い襷」にちなんだ「紅い襷通り」を作って、見た目の明るさはもちろん、観光客とお店の人との会話のきっかけを増やしたいと考えています。夜はライトアップもできるといいですよね。富岡製糸場と商店街の両方が良くなることを目指して、行政と市民が協力して活動をしていける富岡市であってほしいと願っています。

 

 

 

【絹のヒロイン】

■ 営業時間 10:00~17:00(水曜休)

■ シルクブレードハットギャラリーの来店予約 Tel. 050-1574-0937

■ ホームページ https://tomiokasilk.shop/

 

 

 


 

 

 

製糸場周辺のお店は “観光客が行くところ” だと、あえて近寄らない市民の方もいらっしゃると思います。でも、「地元なんです」と言いつつお店に入って会話をしてみると、意外な発見がたくさんあるかもしれません。

私も今回『絹のヒロイン』にお邪魔して実際に商品を触り、前原さんに実演してもらって、こんなにいい商品があったなんて!と感激しました。

 

それでも「どんな人がやっているかわからないと、お店に入る勇気がない…」という方は、ぜひまゆといとにお知らせください。

もっと商店街を歩いて、富岡製糸場も見学して(富岡市民は入場無料ですよ!)、みんなで街を明るくしていきましょう♪

 

(ナカヤマ)

 

 


 

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