今年の5月、富岡地域づくりセンターのロビーには、たくさんの絵手紙作品が展示されていました。可愛らしい絵、面白い絵、力強いメッセージなどの様々な絵手紙が並ぶ、『タオル筆仲間展』が開催されていたのです。
私はその中にあった、お祭りを描いた作品に目が留まりました。法被姿の楽しそうな笑顔が印象的で、書かれていたメッセージが愛おしくて、胸がぎゅっとなりました。
大きなパネルに描かれた作品
この作品を描いたのは、作品展を開催した「糸車の会」代表の井上かず子さん。見覚えのある人も多いのではないでしょうか。
井上かず子さん
井上さんは、2年前に惜しまれつつ閉店したレストラン「新洋亭」の元女将さん。富岡市民に長く愛された洋食店で接客を担当する、気さくな女将さんでした。
その井上さんが開いた作品展には、井上さんや絵手紙教室に通う生徒さんの作品が展示され、会場には市外・県外からも訪れた絵手紙愛好家の姿がありました。
そんな多くの人との交流がある井上さんに、絵手紙を始めたきっかけや、絵手紙を通して出会った人々とのお話を伺いました。
友人からの絵手紙に励まされて
― 井上さんが絵手紙を描くようになったきっかけを教えてください。
井上さん:25年前に病気になって、入院して気持ちがふさぎ込んでいた時期がありました。周りの人が声をかけてくれて励ましてくれたけれど、ショックが大きくて素直に聞くことができなかったんです。
そんな時、友達から絵手紙をもらいました。そこに描かれていたメッセージを見て、「このままではいけない。前を向いて、自分が変わらなくちゃ」って、気持ちを切り替えることができたんです。
その時の絵手紙は今でも大切に自宅に飾られています
― 素敵なメッセージですね。
井上さん:この絵手紙をくれた友人とは、お互いの子供同士が同級生で、家族ぐるみのお付き合いをしていました。今では絵手紙仲間ですね。この絵手紙が人生を変えてくれて、縁をつないでくれました。
― その後ご自身でも絵手紙を描くようになったのですか?
井上さん:それから私も絵手紙を描いてみたいなと思って、習い始めたんです。始めてみたら楽しくて、続けていたら先生に「講師をやってみたら?」と勧められました。でもその時はお店が忙しくて…。そして何年か経った頃また先生に勧められて、やっぱりやってみようと思い、勉強して絵手紙の公認講師の資格を取りました。近所の人からも「絵手紙を描いてみたい」と言われたので、自分の教室を始めたんです。
― 現在はどこで絵手紙教室をされていますか?
井上さん:富岡地域づくりセンターやウイングプラザ富岡、自宅などで教室を開いています。今年は5月に開催された「げんきフェスタ」でも絵手紙のワークショップをしたら、子供と一緒に参加してくれたママさんが教室にも来てくれて、嬉しかったですね。彼女の作品がとても素敵なんですよ。
― 作品展にも、アイデアが光る面白い作品がたくさんありましたね。
井上さん:アイデアのヒントは、絵手紙協会の月刊誌やSNSなど色々な所からもらっています。最近はこんな感じで、まずは自分たちで粘土を使って人形を作って、それを絵手紙にしてみました。粘土なんて子供の頃以来でしょ、でもそれぞれの個性が出て面白い作品になりましたよ。
愛らしいお顔がいいですね
多くの仲間を呼んでくれる「絵手紙列車」
― 『タオル筆仲間展』は、絵手紙だけでなく大きな作品が印象的でした。
井上さん:タオル筆は割りばしの先にタオルの切れ端を巻きつけたもので、大阪の泉佐野市で生まれました。今回展示した作品は、ホテル日航関西空港で昨年展示されていたもので、タオル筆を考案した宮脇先生から「富岡でも展示してください」と譲ってもらったんです。せっかくなので教室をしている富岡地域づくりセンターのロビーをお借りして、あのような作品展を開くことができました。
井上さんは「全国タオル筆で描く絵てがみコンクール」で過去に優秀賞を受賞し、それがご縁で今回の作品展となったそうです。
― 多くの人が作品展を見に来ていましたね。
井上さん:本当にたくさんの人が見に来てくれました。見終わった後に「いろんな作品があって見ているだけで旅をしているようだった」と言ってくれた人もいましたよ。素敵な言葉をもらってとても嬉しかったです。
― 遠方からも井上さんを訪ねて来られた方が多かったようですね。
井上さん:たくさんの絵手紙仲間が県外からも来てくれました。上信電鉄の絵手紙列車に乗って見に来てくれた人たちを、絵手紙蔵や富岡製糸場へ案内したりもしましたね。皆さん喜んでくれて楽しかったですよ。絵手紙のおかげでたくさんの人とつながることができています。
絵手紙列車の車内
●絵手紙列車とは、高崎と下仁田を結ぶ上信電車の車両の中に絵手紙が飾られている特別な列車のこと。毎年展示替えが行われ、乗客を楽しませてくれています。絵手紙愛好家は全国にたくさんいますが、その人たちと井上さんを結んでいるのが、この絵手紙列車なんです。
※絵手紙が見られるのは一部の車両です。運行時刻の指定はありません。
絵手紙を眺めながら電車に揺られる旅なんていいですね
― 絵手紙列車はどのようにして始まったのでしょうか。
井上さん:絵手紙列車は、新洋亭に来ていた常連のお客さんの提案がきっかけでした。私が絵手紙を描いているのを知っていたそのお客さんから、「電車の中に写真が飾ってあるから、絵手紙も飾れるのでは?」って言われたんです。私も「それいいね!」となって上信電鉄さんにお話しをしたら、絵手紙を飾ることをOKしてもらえました。今年で19年目になりますけど、集まる絵手紙の数は年々多くなっています。
― 徐々に絵手紙列車の存在が、全国の絵手紙愛好家に知られていったのですね。
井上さん:今は全国から絵手紙がたくさん送られてくるけれど、初めの年は89人だったんですよ。それが今年は450人から送られてきました。こんなに集まるようになったのも、新洋亭に来たお客さんがきっかけです。
ある日、絵手紙が好きなブロガーさんが私を訪ねてお店に来てくれて、仲良くなって「一緒に絵手紙列車を広めよう」という話になったんです。フォロワー数を多く持っていた人だったので、その人が絵手紙列車の事を宣伝してくれたことで、広く知ってもらえるようになりました。私も慣れないブログを書いて発信して、皆さんに知ってもらえるようになったんです。
以前、「絵手紙列車に乗って元気が出ました」という手紙をもらったことがありました。本当に嬉しくて、忘れられない思い出です。
これまでに絵手紙を送ってくれた人たちの名簿がこんなにも
― 宮本町通りにある絵手紙の蔵も、作品がたくさん飾られていて見ごたえがありますね。
井上さん:作品展の期間中は特にたくさんの人が来てくれました。絵手紙が好きな人はとても喜んでくれるんです。蔵の中にはノートが置いてあって、訪れた人がメッセージを書いてくれるので、私は返事を書いています。メッセージを一つ一つを読むと嬉しくなりますよ。
以前訪れた人も、ノートの返事を見にまた来てくださいね。
絵手紙列車に乗って富岡に来てくれた人たちが新洋亭を訪れ、井上さんと絵手紙の話をする。すると楽しくて、また次の年も来てくれる。そんな風に素敵な繋がりが生まれていったのですね。
送る人へ想いを込めて
― お店をされていた時のお客さんとの交流は、今でも続いているそうですね。
井上さん:そう、今年の年賀状で嬉しい知らせが届きました。ある時サファリマラソンに参加するお客さんがお店に来てくれて、それから毎年のように来てくれていたんだけど、しばらく見かけなくなっていたんです。でも「今年は行くよ」って年賀状が届いて。もう嬉しくてね、「お店はなくなってしまったけど家に来てね」って返事を出しました。
― お客さんも井上さんとお話しできるのが楽しかったんでしょうね。
井上さん:お店に一人で来るお客さんがいたら、「どこから来たの?」っていつも話しかけていました。時間があれば製糸場や蔵を案内して、そうするとまたお店に来てくれて。年賀状や絵手紙を出し合ったり、贈り物をしたり、今でも交流を続けている人も多いです。楽しいですよね。
井上さんの作品
― 絵手紙を描く時は、どんなことを大切にしていますか?
井上さん:手紙だから、送る相手に寄り添った言葉を選びます。分かりやすい言葉でね。硬くならなくていいし、絵は下手でもいいんですよ。
以前、中学校の立志式に向けた授業で絵手紙を教えたことがありました。みんなに「絵が下手でもいいから、その時の想いを言葉にしてみて」と伝えたら、素敵な立志の誓いになりました。本当に子供たちの発想にはビックリです。面白いし、色んな出会いがありました。今年の夏休みには小学生に絵手紙を教える教室があるので、とても楽しみにしています。
◆井上さんの絵手紙教室に興味のある方は、こちらからお問い合わせください。
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◆『絵手紙展 〜絵手紙でつながる泉佐野と富岡の今〜』
期間:令和7年8月6日(水)〜8月15日(金)
時間:8:30〜17:00 ※最終日は正午まで
会場:群馬県庁県民ホール南
主催:糸車の会、富岡市観光協会
⇒ しるくるとみおか
私は井上さんに初めてお会いした時に、「お互い頑張ろうね」と声をかけてもらえたことがとても嬉しくて、ずっと心に残っています。明るくて前向きで気さくな井上さんが描く絵手紙はとても素敵で、作品からも前向きな気持ちが伝わってきます。
「絵は下手でもいいんだよ」と井上さんに言われたので、独り言をつぶやくように描いた絵手紙を、自分に送ってみようかなと思いました。
皆さんも、自分の今の気持ちを描いた、自分宛ての絵手紙なんていかがですか?
(カネコ)