富岡市のみなさん、知っていますか…
今、富岡市に建築の専門家や学生たちが続々と訪れていることを…
「建築ツアーができる街」として熱い視線を向けられていることを…
世界に誇れる富岡市の建築物は、富岡製糸場だけじゃない!
でも素人には、何がすごいのかイマイチわからない!!
そこで、富岡市内の建築物のすごさについて学ぶ新シリーズを始めます。
案内役は、公共建築の裏側を知るスペシャリスト・新井久敏さんです。
よろしくお願いします!
・新井久敏 氏 プロフィール
富岡市在住。群馬県庁職員として建築行政に関わる傍ら、90年代後半から公共建築のコンペの企画を支援。携わった企画は26にもおよぶ。その業績は高く評価され、日本建築学会賞(業績)、土木学会デザイン賞優秀賞、これからの建築士賞を受賞。現在は富岡土木事務所嘱託職員。
第1回 上州富岡駅舎
2014年に完成した上州富岡駅3代目の駅舎。設計は武井誠+鍋島千恵/TNA。
『民間と県と市が一体となって作ったところがすごい!』
― シリーズ1回目は上州富岡駅にやってきました。電車を待つ人々も景観の一部になるところや、街との境界がないところが私は好きです。
駅舎の建て替えと駅前の整備は、富岡製糸場が世界遺産暫定リストに載ったことから始まったんですよね。
新井:「世界遺産があるまちの玄関口にふさわしい空間にしていこう」ということで、駅とその周辺の一体的な整備を目指して始まりました。
しかし、駅は上信電鉄のもので、駅前広場とロータリーは県のもの、環境広場と交流広場※と道路は市のものと、持ち主がバラバラなんですよ。
それぞれが別々に予算を取って発注することになるので、一体的にやろうとしても普通はできないんです。
※環境広場…駅舎の西隣の広場。交流広場…あい愛プラザ北側の駐車場。
管轄がわかれているのに境界線がないのは珍しい。
― 管轄がそんなに細かく分かれていたとは全く気づきませんでした!
これ、もし三者のどこかが「うちは予算が厳しいから別の素材を使おう」と言い出していたら、今のような統一感のある景観は生まれなかったわけですよね。
新井:そうならないために、まずは駅舎の設計のコンペ(複数の案から優れた提案を選ぶ競技会)を行うことにしました。それも審査委員長に隈研吾さんを迎えて全国規模でやる。そうすれば必ずすごい提案が集まってきて、関係者全員が「世界に出しても恥ずかしくない駅にしよう」という気持ちになるのではと考えたんです。
― そうして全国から359案の応募があったということですが、この数って多いんですか?
新井:かなり多いです。普通は1ケタとかですよ。
その結果、思っていた通りすごい提案がたくさん出てきて、上信電鉄も県も市も「これはちゃんとしたものを作らなきゃいけないぞ」という気運になった。
そして駅の設計者が広場を含めた全体の監修をすることになり、意思統一を図りながら今の姿を作っていったんです。
― 管轄が異なる場所をひと続きのように一気に作るには、かなり綿密な計画を立てる必要があったんでしょうね。
新井:それが面倒だから普通はやらないけれど、この時はコンペからの流れで気運が高まっていたからできたんです。
隣に建つ東苑も、自分の敷地内に同じ色のレンガを敷いてくれたんですよ。
そして今でも綺麗ですよね。公共的な場ってポスターをベタベタ貼りがちだけれど、待合スペース以外には全く無い。こんな所はなかなかないと思います。
― おぉ確かに。みんなで様々なハードルを乗り越えていくうちに、デザイナーの想いがしっかり浸透したんでしょうね。
コンペをした理由や見えない努力が知れて良かったです!
『独自構造のレンガ壁がすごい!』
富岡製糸場のレンガを引き立てるレンガの色。
― それにしても大きくて高い屋根ですよね。
新井:雨がしのげるし、視界が遮られないので眺めがいい。冬はベンチの所まで陽が当たるから、レンガが温められてとても暖かいんですよ。
しかもメンテナンスフリーで、屋根の板は溶接とボルトで二重に固定されているから落ちてくることもありません。
― なるほど。その屋根に対して柱が華奢なのがちょっと不思議なような。
新井:「こんなに細い柱で大丈夫?」と思うかもしれないけれど、柱の横にくっついているレンガ壁に実は筋交いが入っていて、柱の支えになっているんです。
ほら、ここのレンガをよく見てみると、積み方がおかしいところがあるでしょう?この部分に斜めに筋交いが入っているんだと思いますよ。
富岡製糸場のフランス積み同様、縦・横と交互に積まれているレンガ。よく見ると…
黄色の部分は横向きばかり並んでいる。この内部に筋交いがあり柱を支えている。
新井:しかも高く積まれたレンガには縦に穴が空いていて、中に鉄筋が通っているんです。さらに薄いプレートを挟んでレンガを上から押さえつけているので、この壁は崩れません。
― へぇー!部分的に不規則な積み方をしていることには気付けても、筋交いやら鉄筋やらプレートやらが中に入っていることは外から見て全くわかりません。綺麗に積めるものなんですね。
新井:施工がとにかく大変だったんですよ。1mmの誤差も許さない世界。だけど鉄は熱で伸び縮みするから朝と午後で長さが変わってしまう。少しずつ少しずつ進めなければならなかったんです。
― かなり難しい工事だったんですね~。
富岡製糸場の「木骨煉瓦造」に対してこちらは「鉄骨煉瓦造」。そして「フランス積み」に見えるけれど実は独自構造の「富岡積み」。150年前の最先端技術と現代の最先端技術が見られる富岡、面白い!
『受賞歴がすごい!』
新井:一体となって整備できたことや、構造、技術など様々なことが評価されて、建築の賞をたくさん受賞しています。切符売り場のところに受賞プレートが飾られているので見てみましょう。
屋内待合スペースの窓口の下に、受賞プレートが並んでいる。
― ひっそりと飾ってあったんですね。ええと、真ん中のは「日本建築学会賞」ですか。
新井:それは日本の建築の賞の中で最も権威のある賞です。
― 日本最高の賞を獲得していたんですね!では右の「BCS賞」とは?
新井:建築主、設計者、施工者が揃って表彰される賞で、施工の技術がないと受賞できない賞です。だいたい大手ゼネコンが受賞しているものを、富岡市の佐藤産業㈱がとった。これはかなりの快挙なんですよ。
― うわぁそうだったんですか。そして一番左はブルネルアワード??
新井:「ブルネル賞」は、鉄道関連の優れたデザインに贈られる国際的な賞です。
― 国際的!
新井:他にも、グッドデザイン賞ベスト100に、照明普及賞に、SDA賞も受賞しています。
ほら、これだけの専門誌で特集されるというのもなかなかないことですよ。
― 駅を利用している人でも知らない人が多そうですよね。この事実、もっとアピールしてもいいのでは…!?
新井:そうなんですよ!
これからは私も胸を張って「うちの駅すごいんだよ!」と言っていきたいと思います!
みなさんもぜひ、今回のポイントをふまえて新しい視点で駅舎を訪れてみてくださいね。
新井さん、ありがとうございました!
次回は富岡市庁舎を訪れます。お楽しみに☆