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まゆといと

2026.04.20 子育て、行政サービス

『黒岩かるた』で地域とつながる子どもたち

みなさんは「黒岩かるた」をご存じですか?

 

黒岩かるたとは、地域の文化財や後世に残したい郷土の風習、言い伝えなどを、分かりやすくまとめたかるたです。

44枚の絵札と読み札で構成され、「黒岩の偉人」「寺社・文化財」「伝統芸能・年中行事」「自然・地形」「小学校や児童の活動」など、黒岩地域の多彩な魅力が盛り込まれています。

特徴的なのは、知識として学ぶだけでなく、「遊び」を通して自然と地域のことに触れられる点です。子どもたちにとって、身近で親しみやすい形で郷土を知るきっかけとなっています。

 

そんな黒岩かるたは、どのようにして生まれ、どのように受け継がれてきたのでしょうか。

 

 


 

 

暮らしの中にある黒岩かるた

 

黒岩小学校で黒岩かるたが行われていると聞き、見学に伺いました。

 

 

 

 

まず目を奪われたのが、校内のいたるところに貼ってあるかるたの絵札です。 さらに、掲示板には「今週の黒岩かるた」コーナーも設けられていました。

 

児童たちは日常の中で自然とかるた札に触れ、言葉や絵を通して地域のことに親しんでいる様子でした。 何気なく目にする風景の中にかるたがあることで、「学ぶ」というよりも「なじむ」という感覚で地域のことを知っていくのかもしれません。

 

 

子どもたちが夢中になる黒岩かるた

 

教室に入ると、児童たちがテキパキと机を片付け、かるた遊びの準備を進めていました。

黒岩かるたには独自のルールがあり、役札や並べ方にも決まりがあります。

 

 

 

 

読み手の児童がひと札目を読み上げると、教室の空気は一気に引き締まります。

遊びでありながらも、そこには真剣な勝負の緊張感が漂っていました。

 

 

 

 

児童たちは札に視線を集中させ、読み札の一言一言に耳を傾けます。 自分の陣地の絵札を見つめ、構える姿は真剣そのものです。

札が読まれた瞬間、素早く手が伸び、札を取る音が響きます。

 

 

 

 

役札を取った児童は思わずガッツポーズを見せ、明るい表情に。

一方で、自分のエリアの札を取られて悔しそうにする児童の姿もありました。

かるた遊びの中には、子どもたち一人ひとりの感情があふれています。

 

 

 

 

かるたを終えた児童たちに話を聞きました。

 

― 黒岩かるたは好きですか?

 

Aさん:はい!大好きです。黒岩かるたを通して、地域のことを遊びながら学べるところがいいと思います。

 

― 読み札を読んでみてどうですか?

 

Bさん:難しい漢字や昔の言葉が出てくるので、つっかえてしまうことがあります。でも、すらすら読めるように練習して、競技している人が聞き取りやすいようにしたいです。

 

 

 

 

黒岩かるたのルールは、令和7年度の6年生が中心となって作ったものです。 「上毛かるた」のルールを参考にしながら、自分たちで考えたそうです。

ルールを守りながら遊ぶことで、楽しさだけでなく、相手を思いやる気持ちや公平性の大切さも、自然と学べるようですね。

 

群馬の子どもたちは幼い頃から上毛かるたに親しんでいます。そのため「かるた」という遊びそのものに抵抗がなく、競技としても楽しめる土壌があるのかもしれません。

 

 

 


 

 

 

黒岩かるたに込められた想い

 

黒岩地域づくり協議会会長の三田功さん

 

 

黒岩かるたの背景について、黒岩地域づくり協議会会長の三田功さんにお話を伺いました。

 

― 黒岩かるたはどのように作られたのですか?

 

三田さん:黒岩かるたは、昭和時代の黒岩小学校で作られました。 昭和57年度に読み札を作成し、翌58年度には当時の5年生が絵札を制作しました。さらに昭和59年度には教職員が解説文を作成し、かるたの原稿が完成しました。

その後、平成6年と平成29年に内容の改訂が行われましたが、当時は予算の関係もあり、「かるた」として形にすることはできませんでした。

 

― そこからどのようにして現在の形になったのでしょうか?

 

三田さん:私が地域づくり協議会の会長になったとき、「このかるたを実際に遊べる形にしたい」と思いました。かるたは作るだけではなく、遊んでもらってこそ意味があるものです。

地域の子どもたちに、かるた遊びを通して地元のことを知ってほしい。 そうした思いから、黒岩小学校の協力をいただき、令和7年度に黒岩小学校の児童を中心に、3回目の改訂を行いました。

昭和から40年以上が経ち、内容的に現在と合わない部分もありますが、 当時の暮らしや価値観をそのまま伝えることも大切にしたいと考え、あらためて「黒岩かるた」として制作しました。

 

ー 黒岩かるたが形になったことで、どのような広がりを感じていますか?

 

三田さん:黒岩かるたが形になったことで、このかるたを通して地域の子どもも大人も巻き込んだ、さまざまなイベントや講演会につながっていけばと考えています。

本年度は黒岩小学校閉校の年でもあるので、最後の年を地域のみんなで盛り上げていきたいです。また、小学校の地域学習の教材として利用してもらったり、休み時間に黒岩かるたで遊ぶ時間もあるようなので、子どもたちに楽しんでもらえていることが本当に嬉しいです。

 

 

昨年度に行われた黒岩かるた講演会の会場の様子

 

 

― 三田さんの好きな「かるた札」を教えてください。

 

三田さん:「わが里は九十九谷の山合いに」です。

黒岩には九十九谷と呼ばれる多くの谷があり、その中に集落が点在しています。 平らな土地が少なく、企業誘致も難しい地域です。だからこそ、人と人とがつながり、支え合って暮らしてきました。

この札には、そうした黒岩の暮らしや、人のつながりの深さ、“黒岩愛”が表れていると感じています。

 

 

 


 

 

地域文化を継承する黒岩かるた

 

黒岩かるたは、遊びとしてだけでなく、地域の歴史や文化を次世代へ伝える役割も担っています。

黒岩小学校の元校長であり、現在は文化財保護課に勤務する永井尚寿さんにもお話を伺いました。

 

 

永井尚寿さん

 

 

永井さんは富岡市教育委員会の文化財保護課で活動しており、地域の埋蔵文化財の発掘調査や報告書の執筆を数多く手がけています。

黒岩小学校の校長を務めた経歴もあり、教育者としての視点と専門的な歴史知識を組み合わせて数々の講演会を行い、「黒岩かるた」に描かれた地域の歴史遺産を子どもたちや地域住民にわかりやすく伝えています。

 

 

― 黒岩について調べ始めたきっかけを教えてください。

 

永井さん:私が黒岩小学校に赴任した際、この地域についてもっと知りたいと思い、郷土の偉人や文化財、言い伝えなどを調べました。そのなかで、この地域には伝え残すべきものが数多くあると気づいたんです。

そこで『黒岩探訪』(※平成29年~30年度に黒岩小学校の校長として勤務していた際に、「学校通信 黒岩小学校だより」の中で48回にわたり連載していたもの ⇒ 黒岩探訪web版)を発行し、黒岩かるたも参考にしながら地域の魅力を発信してきました。

自分の専門分野を活かしながら、黒岩のことを後世に伝えていきたいと考え、地域のことに触れる学校教育の発信にもつなげたいと思いました。

 

ー 黒岩という地域には、どのような魅力がありますか?

 

永井さん:黒岩には郷土を大切にする気風が残っていて、地域のみなさんが互いに支え合う暮らしをしている印象を持っています。

また、特筆すべき黒岩の魅力としては、文化財である「オオツノシカの化石骨」が出土している点が挙げられます。それに関連する、日本で最古の化石の鑑定書とされる江戸時代の絵図や、出土記録が作られていることも特徴です。

このように、歴史的にも価値の高い資料が数多く残る地域です。

 

 

 

 

― 永井さんの好きな「かるた札」を教えてください。

 

永井さん:「そん民の誇り 北甘楽郡史の本多亀三」です。

本多亀三は黒岩出身の郷土史家で、地域の生活や産業、文化を詳細に記録した人物です。

「基礎となる最も大切なものは郷土である」という言葉を残していて、私はいつもこの言葉を胸に秘めて活動しています。 文化財保護の仕事には、先人が残したものを後世に伝える使命があります。地域の魅力が詰まった「黒岩かるた」を通して地域を知り、郷土への愛着が育まれていくことを願っています。

ここで育った子どもたちが、将来どこへ行っても、自分の育った場所について語ることができたらいいなと思いますし、それが人と関わるうえで大切な力になるのではないでしょうか。

 

 

 

 


 

 

黒岩かるたは、子どもたちの遊びであると同時に、地域の記憶を未来へつなぐ文化でもあります。

今年度、長いあいだこの地域の子どもたちの学び舎であった黒岩小学校が、閉校を迎えます。

子どもたちがこの地域から大きな世界へ羽ばたくとき、ここで過ごした日々と、あたたかい地域の大人に見守られて育ったことを誇りに、堂々と歩みを進めていってほしいと願っています。

 

(マツオ)

 

 


 

 

おでかけしようよ!ふらっとTOMIOKA ~黒岩さんぽ~

 

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