『海外で日本産の食品をテスト販売するプロジェクトに、富岡市妙義町産の商品が選ばれた──』
という話題を知ったのは、確か新聞記事。
「débutante: New Selection of JAPAN FOODS」というプロジェクトでフランスに輸出されることになった日本の食品は、約50商品。数百の応募の中から、フランス人バイヤーや料理人らによる厳しい審査を通過した“未来のスター商品”に、『妙義みそ』を製造している清水正行さんが開発した『粉末みそ「ふりふる」熟成』という調味料が選ばれたというのです。
道の駅みょうぎでも販売されている、粉末みそ「ふりふる」。味噌の熟成が2年以内の【新物】と、2年以上の【熟成】の二種類がある。
妙義からフランスへ。グローバルな視野を持った清水さんに興味が湧き、清水さんの会社『有限会社せい』のホームーページ saylabo.com を開いてみました。
すると、清水さん自身が大豆を自然農法で栽培し、米から糀(こうじ)を作り、それらで味噌を作って、その味噌を商品化し、プロモーション活動までしていることが判明。
それだけではありません。味噌の素晴らしさを伝える「みそソムリエ」の資格も持ち、ブログやインスタ、フェイスブックなども駆使しして情報発信を行っているようなのです。
清水さんは66歳。そのバイタリティは一体どこから来るのでしょうか?
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「あの日食べた味噌おにぎりの味を」
妙義の畑で安心・安全をモットーに作られた地大豆。味噌作りには良い大豆だけを使っているという。
清水さんは普段から、外国人や子どもたちに昔ながらの味噌作りを体験してもらう「TOMIOKA MY MISO PROJECT」を行っています。
今回は、私もその体験に参加させてもらいながら、お話を伺うことになりました。
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「味噌を作る材料は、大豆と糀と塩。この3つだけで他には何も入れない。単純だけれど、自然の力で発酵をして、6〜8ヶ月かけて味噌になる。好みの味になるまで熟成させたら、冷凍庫に入れて熟成を止める。お店で常温で陳列されている味噌は熱処理やアルコール添加で菌の働きを止めているけれど、私は生きたままの菌を体に取り入れていただきたいので」
「この大豆、ちょっと食べてみて。煮汁も飲んでごらん。最高だよ。砂糖は入ってないからね」
大豆は前の日から水に浸し、5時間かけて煮る。
飲めば驚くこと間違いなしの煮汁。
柔らかく煮た大豆と煮汁を味見させてもらうと… 甘い!!そして雑味がない!
私もたまに大豆を煮ることがあるけれど、こんなに透き通った、雑味のない煮汁はできません。圧力釜で煮ると泡(アク)がたくさん混ざってしまうからです。
「アクは美味しさを感じにくくするから取ってやらないと。釜の蓋が開けられないとアクが取れないから、平釜で5時間かけて煮ている。高圧釜なら1時間で豆が柔らかくなるから、多くの人は高圧釜を使うけどね」
「時短」に走りがちな現代。「昔ながら」の良い部分もわかっちゃいるけど、なかなかできないのが実際のところ。
茹でた大豆を40℃以下に冷ます。高温のままだと麹菌が弱って発酵できなくなってしまう。
「昔はこの辺の人もみんな自分で味噌を作っていたけれど、私が子どもの頃にほとんどの人がやめちゃった。高度経済成長の時に業者が安い味噌を売りはじめて、みんな忙しくて作る暇がないから、そっちを買うようになってね」
そう回顧する清水さんは、昔ながらの味噌作りを始めるきっかけとなった幼少期の思い出を教えてくれました。
大豆を潰し、糀と塩、煮汁を加えて手で混ぜる。体験では素手で作業可。手の常在菌がついて、自分だけの味の味噌になる。
「私が小学生の頃、学校から帰ると家族は野良仕事で誰もいなかった。お勝手に行って自分で白いおにぎりを作って、それを持って今度は蔵に行って、味噌を塗って食べたんだ。それが、私のおこじはん(おやつ)。でもそのうち家で味噌を作らなくなって、市販の味噌で同じことをしてみたけれど、美味しくなくて食べるのをやめちゃった」
市販の味噌の中には、短期間で強制的に発酵させるため味に深みが無く、調味料で味付けしているものが多く存在します。手作り味噌のデリケートな味に慣れていた清水さんの舌には合わなかったのです。
「歳をとって大豆の栽培を始めて、味噌作りを始めてみようかと思った時に、そのおにぎりのことを思い出した。誰も作ってくれないなら、自分で作るしかない。それが私の味噌作りのスタートです。」
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「オーガニックしか残る道がない」
自然農法で栽培した富岡産の米を使って作られた、こだわりの糀。「この糀で奥さんが作る甘酒がまた美味いんだ」と清水さん。
作った味噌の販路を開拓する際には、こんな出来事があったそう。
「私が作る味噌は本当に手間のかかるものなので、どうしても値段が高くなってしまう。一般のスーパーに持って行っても、高いと言われて終わり。でも東京に持っていったら、この味噌をこんなに安く売るんですか!?と言われた。市場によって全然違うんだなと感じた」
誰に売るかということを考えた時に、海外に目を向けた清水さん。日本の食品を海外で販売すると、運賃や手数料で販売価格が2〜3倍くらいになってしまうのですが、それでも買う人がいるのです。
そこで清水さんはジェトロ(日本貿易振興機構)を活用して情報を集め、海外でも受け入れられる食品作りを進めていきました。
原材料にこだわるのは、本物の味を次の世代にも覚えてもらいたいから。
「輸出するには、その国の基準に合わせなければならない。調べていくと、結局オーガニックしか残る道がないとわかった。オーガニックの基準は国によって違って、日本は2年前にやっと世界基準になったばかり。世界で通用する有機JASやHACCP認証を取得するには書類がいっぱい必要で、ものすごい時間もお金もかかる。でもそのハードルをクリアすれば、向こうの人は正当な評価をしてくれる」
そういえば、私がフランスを旅行した時、スーパーにBIO(フランス語でオーガニック)マークのついた商品がたくさん並んでいる様子や、ビオ・マルシェで有機野菜がずらりと並んでいる様子を見て「進んでいるなぁ」と驚いたっけ。もう15年も前のことだけれど、日本はあれから…それほど変わっていないように思えます。
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「この地域を元気にしたいから」
奥さんの愛情たっぷりのおにぎりに『妙義みそ』を。味噌作り体験に来る子どもたちにも大好評だという。
有機JASなどの認証取得も、6次産業化も、商品の輸出も、どれも多くの時間と労力と費用が必要なため、小規模農家にとってはかなりハードルが高い…というのはよく聞く話。
目先の利益を優先していたらなかなかできることではないけれど、清水さんはなぜそれでもやろうと思ったのでしょうか。
「国内のマーケットだけを見てやる農業だけではなく、世界に向けた農業という選択肢を作りたかった。今、こんにゃくの有機JAS認証を取ろうとしている農家もいる。ヨーロッパでもこんにゃくを食べる人が増えているからね。これが実現できると、この地域のこんにゃく産業も元気になる」
「この地域で生まれているから、この地域を元気にしたい。このままじゃ文化も絶えて人も絶えてしまうから、新しい風を起こしたい」
味噌、豆腐、まいたけ、ネギ、全てが妙義産のお味噌汁。深みがあって、毎日飲んでも美味しいと思える味。
清水さんは、ずっと先を見ていました。後に続く人たちのために、そして地域の未来のために、今は実証実験をしているのです。
「今の時代、生活さえなんとかできれば、心の満足を優先してシンプルな生活をしたい人は多い。その受け皿に富岡がなったらどうか。そのためには、この土地に転入した人が、ここで何かを生み出して、他の仲間にも “いいところだからおいで” と言えるくらいの何かがないと」
清水さんの力強い言葉を聞きながら、環境に配慮した農業を志す人たちがこの土地に集まってくる未来を想像してみました。…その未来、生きているうちに見たい!
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「自然に関わる産業にいられるって楽しいよ」
10月下旬、妙義の大豆畑にて。「私はここで生まれて、ここの土に還る。だからここの土でできたものを食べたい」
最後に清水さんは、農薬や化学肥料を使わない農業の魅力について教えてくれました。
「私たちは種を蒔くだけで、後は大地が育てる。我々はそれを邪魔しないようにするだけ。この畑も雑草が生えているけれど、意味があってここに草が生えているから、生育に影響が出る大きな草以外は抜かない。全部必要だからそこにある。
こんなに面白いものはないよね。自然に関わる産業にいられるって楽しいよ。きついけど楽しい。美味しいものができればもっと楽しい。どんどん楽しくなる」
生命力あふれる土は、作物を元気にし、人を元気にする力があると聞いたことがあります。とすると、清水さんのバイタリティの源は、この妙義の大地なのかもしれません。
そして私は今、無性に清水さんの味噌が食べたくなっています。「ふりふる」をかけたチーズも美味しかったなぁ。旨味の相乗効果でびっくりするほど美味しかった…。
今頃フランスでも食べられているかも?と想像しながら、みなさんもぜひ試してみてください。
(ナカヤマ)
◎妙義みそ・粉末みそ「ふりふる」販売店◎
道の駅みょうぎ、JAファーマーズ富岡店・吉井店、群馬いろは、カネコ種苗ぐんまフラワーパーク等
*富岡市のふるさと納税や、ネットショップでも購入可能です。
・妙義みそホームページはこちら
・清水さんのインスタグラムはこちら