富岡市の暮らしと移住のWEBマガジン
まゆといと

2025.06.20 趣味、習い事

きのこ粘菌写真家 新井文彦さん

青森県を拠点に東北地方から北海道まで、季節に合わせて移動しながら撮影活動を行なう新井文彦さん。そんな新井さんの肩書きは「きのこ粘菌写真家」というちょっと聞きなれないもの。

 

── きのこはわかるけど、粘菌って一体どんなものなの?

 

新井さんの肩書きに興味が湧き調べてみると… そこにはなんとも不思議で美しくてユーモラスな、小さな生き物の世界が広がっていたのです。

 

粘菌や新井さんご自身にまつわるお話を聞いてみたい!そう思ったマツオは、(奇跡的にタイミングよく)富岡に帰省されていた新井文彦さんにお会いすることができました。

 

 


 

 

【 新井 文彦さん 】

富岡市出身。現在は青森県を拠点とし、北海道や東北地方でコケや地衣類、きのこや粘菌などの隠花植物を中心に撮影を続けている。

2011年からウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』で「きのこの話」を連載中(毎週菌曜日更新)⇒ https://www.1101.com/kinokonohanashi/

NHK総合テレビ『ダーウィンが来た!』など、自然番組に写真・映像提供、出演も多数。これまでに出版した著書は16冊(共著・写真担当を含む)。

趣味はギター。好きな食べ物はラーメン。

 

 


 

 

 

きのことの出会いは宿命だった?!

 

 

―「きのこ粘菌写真家」という肩書きに引き寄せられてしまいました。新井さんがこの仕事に就くきっかけは何だったのでしょうか?

 

新井さん:北海道の阿寒湖でネイチャーガイドをしていた時に、きのこと出会ったことがきっかけです。なぜネイチャーガイドになったのかというと、大学時代から9年間東京で暮らしたあと北海道にわたり、制作会社で6年間コピーライターをしていたのですが、あまりに多忙で会社を辞めることにしました。その頃、山岳ガイドの知人が阿寒湖でネイチャーガイドの会社を立ち上げるのに協力し、そのままガイドの仕事を手伝うことにしたんです。

 

 

手つかずの自然が広がる道東の景色 Photo by ARAI Fumihiko

 

北海道の高山帯のガレ場に生息するエゾナキウサギ Photo by ARAI Fumihiko

 

高山植物 チングルマのお花畑 Photo by ARAI Fumihiko

 

 

― そこから大自然との関わりが始まったんですね。

 

新井さん:はい。ネイチャーガイドの仕事をしてみると、お花を目当てに来るお客さんがじつに多いと感じました。特に阿寒湖を訪れる方は、高山植物に会うことを楽しみにいらっしゃるんです。しかし高山植物の花が見られるシーズンは短いので、年間を通してお客さんが喜ぶものはないかな?と考えました。そこで、「きのこ」をガイドのネタにしたらいいかも!とひらめいたんです。ありがたいことに、きのこは年間を通していろいろな種類が出てくるので、阿寒のきのこを調べてツアーのお客さんに話してみたところ、とても喜んでもらえました。

 

 

雌阿寒岳のムラサキナギナタタケ Photo by ARAI Fumihiko

 

 

新井さん:さらに、当時は暇で時間があったので、阿寒の森で撮影したきのこを紹介するホームページを作ってみたんです。すると、ぼくのホームページを見た糸井重里さんからお声がかかり、「きのこ好きな写真家さんをうちの会社に呼びたい」との連絡を受けました。そこからトントン拍子で話が進み、『ほぼ日刊イトイ新聞』できのこについての連載をすることが決まりました。連載を始めて一年ほど経ったときに書籍「きのこの話」を初出版することとなり、本を出したから写真家という肩書を堂々と名乗ってもいいよね!という感じで、自称・きのこ写真家から本物の写真家になりました。

 

― 糸井重里さんも、コピーライターであり群馬県のご出身ですよね?!

 

新井さん:そうなんです。仕事の話だけではなく、上毛かるたや群馬の方言などの話題で盛り上がって、意気投合しちゃいました(笑)。当時の糸井さんの会社では奇しくも【きのこブーム】が到来していて、ぼくのことを面白がってくれたみたいです。

 

― 新井さんの好きな「きのこ」をしいてあげるとしたら何でしょうか?

 

新井さん:コウバイタケというきのこが好きです。かさの部分が紅梅のようなピンク色で小さくて、とにかく可愛い!!阿寒湖周辺の原生林の苔むした場所に生えていて、本州にも自生していますが、あまり見かけないので珍しいきのこです。ぼくは、純粋に見た目が可愛らしいものや、綺麗なきのこが大好きなんです。

 

 

コウバイタケ(ちょっと触れただけでポキッと折れてしまう繊細なところも愛おしい) Photo by ARAI Fumihiko

 

 

 


 

 

 

 

「粘菌」は魅力が詰まった小さな宇宙

 

 

キフシススホコリ(黄色)、エダナシツノホコリ(白色)、マメホコリ(ピンク色)  Photo by ARAI Fumihiko

 

 

― 新井さんが粘菌の写真を撮るようになったのはなぜですか?

 

新井さん:森のなかを撮影していると、きのこの近くに粘菌がいることも多く、次第に目に留まるようになりました。よーく見てみると、粘菌は美しかったり面白い形だったり、調べてみるとその生態も興味深くて。そのようなことから、森に入り微小サイズの粘菌を探すことが楽しくなっていったんです。

 

― 粘菌とはどんなものなのでしょうか?

 

新井さん:粘菌は、菌類ではなくアメーバ動物に分類される単細胞生物です。通常はアメーバ状で動き回って微生物などを捕食しますが、きのこのように胞子で繁殖するなど、その生涯に動物的性質や菌類的性質を持つ不思議な生物です。別名「変形菌」とも言います。そして、単細胞なのにまるで脳があるかのような行動を取るんです。ある実験で、粘菌が嫌う「タバコの煙」を30分おきに粘菌に吹きかけてみると、彼らは徐々に学習していき、タバコの煙がない状況でも30分ごとにその場から逃げる動きを見せたんです。単細胞生物にもかかわらず、まるで知能を持っているかのような行動に驚いてしまいますよね。ぜひ、野外で、本物の粘菌を探してみてください。

 

 

筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所(長野県)で撮影したルリホコリの仲間 Photo by ARAI Fumihiko

 

 

― 新井さんが思う粘菌の魅力とはどんなところですか?

 

新井さん:ぼくが思う粘菌の魅力は、なんといっても見た目が美しいことです。雪解けの後に現れる粘菌がいるのですが、サイズ的には1mmほどでとても小さく、ルーペで見ると宝石のように七色に輝いていて、とにかく美しいんです。粘菌は世界に900種類くらいの存在が確認されていていて、赤、白、金属的な光沢を放つ金色や銀色などとてもカラフルで、形状も、まち針型やまんじゅう型、プレッツェル型などさまざまです。見れば見るほど、調べれば調べるほど奥が深い!というところも魅力です。

また粘菌はその生態が面白いだけでなく、生きざまがカッコよくてどんどん興味が募るんですよね。地球の環境にしっかりと適応していて、多様化していない部分も面白いです。カメラマンとしては、微小な粘菌をいかに見栄えよく美しく撮れるか、という手腕が問われるので、その部分のチャレンジも含めて「粘菌は面白い!」と言えます。

 

 

ムラサキホコリ(触れるとホコリのような胞子が舞う) Photo by ARAI Fumihiko

 

 

 


 

 

 

青森、北海道、富岡を移動する生活

 

 

― 新井さんは富岡ではどのような子ども時代を過ごしましたか?

 

新井さん:子どもの頃は自然の中で遊ぶのが大好きで、近所の鏑川で化石を探したり、城山に登ったり、君川の野山をかけまわったりして一日中外で過ごしていましたね。あまり落ち着きのない子どもでしたが本を読むのは好きで、世界の七不思議とか、生物図鑑や恐竜図鑑、特に図鑑を見るのが好きでした。そう考えると…子どもの頃に興味があったことや体験したことが、今の仕事に結びついていると思えますね。

 

 

 

 

― 青森県にご自宅があり、撮影のために北海道にも長期滞在しているそうですが、どのようなサイクルで生活をしているのでしょうか?

 

新井さん:ぼくは特に北海道の自然の美しさが好きなので、毎年初夏から秋にかけて、あるいは、1月2月の真冬の凍てついた季節も、ほぼ北海道に滞在しています。北海道の阿寒湖にも住処があるので、そこを拠点として撮影に出かけています。それ以外の、春から新緑の時期、また森を紅葉が彩る10月下旬以降は、青森の自宅から、白神山地の原生林や八甲田山麓などへ撮影に行きます。北海道と青森では気候や植生が異なることから、全く違う風景の中にいるきのこを見ることができるんです。

富岡の自宅は別荘感覚で使っていて、年に2〜3回帰省しています。お正月には富岡の家で親戚の集まりがあるので、ここに帰ってくることも楽しみのひとつです。

 

― フットワークが軽く、精力的に動いていらっしゃいますね。

 

新井さん:ぼくは運転が大好きなので、車移動は全然苦にならないんです。青森から650km離れた富岡までいつも車で帰省していますし、青森から阿寒湖も650kmくらいの距離があります。若い頃はよく車中泊しながら撮影の旅をしていましたが、今はあまり無理しないようにして自分を労わっています(笑)。

 

 

北海道のオンネトー(湖) Photo by ARAI Fumihiko

 

 

 


 

 

 

身近な森を探検してみよう!

 

 

― 富岡市周辺できのこの観察に適した場所はありますか?

 

新井さん:ぼくは藤田峠によく行きます。あの辺りにはたくさんのきのこが生えているんですよ。春先になると「シロキツネノサカヅキモドキ」というピンク色のきのこが見られるので、ハイキングしながら探してみるのも面白いと思います。白い毛が生えた真っ赤な盃のようなきのこで、見た目がユーモラスです。春の藤田峠はきのこだけではなく、カタクリなども自生しているので、お花好きの方も楽しめるのではないでしょうか。

 

― 粘菌は私たちの身のまわりでも見つけることができますか?

 

新井さん:もちろんできます!粘菌探しは面白いので、ぜひやってみてください! 粘菌は小さいので肉眼で見るのは難しいですが、粘菌の集合体は様々な色の塊になっているので目に留まると思います。その集合体をルーペで覗いてみると、個々の形が見えてきます。シイタケのほだ木にもよく現れるので、家の庭にほだ木がある方は観察してみてください。

あとは、梅雨の晴れ間や梅雨明けすぐの時に、木がたくさんある森のような場所へ行き、倒木があればその表面を見てみてください。一本の倒木に1時間くらいの時間をかける覚悟で、顔を木に近づけてルーペでひたすら観察します。森に入って粘菌を探していると、まるで宝探しをしている気分になりますよ。

ぼくは無類の倒木好きなのですが、自分がよく訪れる森にはお気に入りの倒木がたくさんあって、ローテーションでそれらの倒木をチェックし、粘菌が現れていないかを見ています。倒木には自然が凝縮されていて、まるで小さな宇宙のようだと感じるんです。

 

 

藤田峠で撮影したシロキツネノサカズキモドキ Photo by ARAI Fumihiko

 

シロウツボホコリ(高さは1~4ミリほど) Photo by ARAI Fumihiko

 

 

― 新井さんが書かれたきのこや粘菌の本は、子どもから大人まで楽しめる内容ですね。

 

新井さん:最近は子どもたちに「見る楽しさ、面白さ」を感じてほしいと思うようになり、児童書に力を入れています。分厚い図鑑のような堅苦しいものより、「おもしろいな」とか「きれいだな」とか、そんな感覚で見てもらえるものがイイと思ってね。美しいきのこや粘菌が表紙になった本を一冊手に取ることで、「こんな世界があるんだ!」と新たな気づきに繋がって、子どもたちの未来が広がっていったら嬉しいです。自然界にある様々な不思議で美しい物の存在を知ることで、未知なる世界に興味を持つ子どもが増えたらいいなと思っています。

 

 

■新井さんの著書について詳しくは⇒ コチラ

 

■新井文彦ウェブサイト『浮雲倶楽部』⇒ https://www.ukigumoclub.com/

 

 

 

 


 

 

新井さんのホームページを見てみると、じつに様々な粘菌やきのこに出会えます。

 

ため息が出るような光沢を放つ粘菌はまさに宝石さながら…

みずみずしい苔の絨毯からすっと背すじを伸ばすきのこにうっとり…

 

今回の記事をご覧になって、「私もホンモノの粘菌やきのこを探してみたい!」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。私も梅雨明けの晴れた日に、ルーペを片手にハイキングに行ってみたいと思います!

 

そうそう、みなさんへ新井さんから大切なアドバイスがひとつ。

「クマ除けの鈴は安い物ではなく、音色が良い物を選んでね!音が気に入らないと結構ストレスになりますよ」

── そうです、森へ入る際はクマやシカやイノシシにも気をつけながら探検しましょう。

 

(マツオ)

 

 


 

 

きのこ博士ちゃんに会いたい!

 

ここがすごいよ富岡の建物《第4回》群馬県立自然史博物館・かぶら文化ホール